
試合が終わると、部室には汗の匂いと、妙な静けさが漂っていた。
悠斗はタオルを頭に被り、ベンチに深く座り込む。
キャプテンの大和は、静かにシューズの紐をほどき、圭吾は床に寝転がっている。
「今日の試合、いまいちだったな」
大和がぽつりと呟いた。
「前半は良かったけど、後半に入ってから攻めが単調になったよな」
悠斗も軽く頷く。
「それな。俺も決定機逃しまくったし……」
「いや、俺のアシストが完璧すぎてビビったのかもしれん」
「いやいや、圭吾、お前のアシストはだいたいズレてるからな?」
悠斗がツッコミを入れると、圭吾は腕を組み、ふむ、と深刻そうな顔をした。
「おかしいな……俺の中では完璧だったんだが」
「それ、お前の中だけな」
「まぁ、そう落ち込むな。次の試合までに修正すればいい」
大和が冷静に言うと、悠斗と圭吾は同時に頷いた。
「そうだな……」
「そうだな……って、俺は別に落ち込んでないけど?」
「いや、ちょっとは反省しろよ」
悠斗が圭吾の頭を軽く叩くと、「イテテ」と言いながら起き上がる。
「でもさ、今日の試合より気になったことがあるんだけど」
「ん?」
「審判、やたら厳しくなかった?」
「あー……確かにな」
悠斗と大和は顔を見合わせた。
「特に後半、俺らのディフェンスにことごとくファウル取ってたよな」
「うん……あれはちょっと厳しすぎたかもな」
「俺なんか、足かかっちゃって、ピーッ! 2分間退場! だもんな!」
「いや、お前のは普通に反則だったろ」
「違う違う! 俺が足を引っ掛けたんじゃない、俺の足が長すぎたんだ!」
「は?」
悠斗と大和が同時に顔を上げる。
「ほら、俺って身長そこそこあるし、足も長いし……だから、相手が勝手に引っ掛かったっていうか……」
「それ、普通にトリップ(足をかける反則)だからな」
悠斗が冷静に突っ込むと、圭吾は「くっ……俺のスタイルが罪深い……」と意味不明な嘆きを漏らした。
「いや、ただのファウルだから」
大和が呆れながら言うと、悠斗も「むしろ足長いなら避けろよ」と笑う。
「おかしいなぁ……俺の足がもうちょい短ければなぁ……」
「そういう問題じゃない」
一通り笑ったあと、圭吾がふと真剣な顔になった。
「でもさ、それより今日の試合中、監督の動きヤバくなかった?」
「あー……確かにな」
悠斗と大和は顔を見合わせる。
「いや、あれ絶対コート内に入ってたよな?」
「確かに……一回、相手のセンターライン超えてたぞ」
「審判に注意されても『俺の情熱が止まらなくてな!』とか言ってたしな」
「それな」
大和が苦笑しながら頷く。
「で、まずい展開になると、腕組みながら前後に揺れるんだよな」
「お前、細かいな……」
悠斗が呆れたように言うと、圭吾は得意げな顔になった。
「いやいや、もっと面白いのは、たまにボソッと独り言を言ってることだぞ」
「たとえば?」
「『おいおいおい……この展開はヤバいぞ……』とか、『うん、まぁ、こうなるよな……』とか」
「試合実況かよ」
「いや、あれ完全に一人解説してるよな」
笑い合っていると、圭吾が急に意味深な表情をする。
「でもさ、監督、なんか恋してる説あると思うんだよね」
「……は?」
悠斗と大和が同時に顔を上げる。
「いや、最近やたら機嫌良くない? なんか、テンションの波が激しくね?」
「……それは元々だろ」
「いやいや、たぶん恋愛の影響だって!」
「え、ちょっと待って、誰と?」
悠斗が驚いて聞くと、圭吾は真剣な顔で言った。
「……それを知るために、我々は調査をする必要がある!」
「いや、お前何者だよ」
大和が呆れたようにため息をつく。
「ていうか、監督の恋愛事情とか、どうでもよくないか?」
「いやいや、大事だろ! 監督が恋に落ちたら、チームの士気も変わるんだぞ?」
「どんな影響だよ」
悠斗が笑いながら突っ込むと、圭吾は「ふっ」と意味ありげな笑みを浮かべた。
「……お前だって、試合中、菜月のこと見てただろ?」
「……」
悠斗は一瞬、言葉に詰まる。
「おっ、図星?」
「いや、別に……」
「ほぉ~~~?」
圭吾がニヤニヤしながら悠斗の肩を叩く。
「ほんとにそういうんじゃないから!」
「ま、俺は何も言わんけど」
「言ってるよな!」
「ま、俺も何も言わんけど」
大和まで乗っかってきた。
「……お前ら、性格悪いぞ」
悠斗がタオルを被ってうずくまると、圭吾と大和は楽しそうに笑った。
結局、今日もいつものように、どうでもいい話で締めくくられた。
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