
体育の授業。
「今日の種目はバスケットボール! 5対5の試合形式で進めるぞ!」
体育教師の掛け声とともに、体育館に生徒たちの歓声が響いた。
悠斗は適当にジャージの袖をまくりながら、ボールを手に取る。
「おいおい、今日はバスケかよ。ハンドボールの方が楽しいのにな」
「お前、体育でもハンドやりたいとか、どんだけだよ」
隣で圭吾が笑いながら肩をすくめる。
「まあまあ、バスケも面白いよ?」
そう言ってボールを受け取ったのは、バスケ部の凛音だった。
「バスケは反射神経とフィジカルの勝負だし、ハンド部の悠斗ならいい動きできるんじゃない?」
「へぇ、お前、俺に挑んでるのか?」
「違う違う! 今日は私と悠斗は同じチームだからね!」
凛音が笑いながらパスを回す。
その隣で菜月が「えー、ずるい!」と口を尖らせた。
「私もバスケ部と組みたかったなぁ」
「お、菜月もやる気満々?」
「まあね。体育の授業なら、バスケでも負ける気しないよ」
「へぇ? 言ったね」
凛音がにやりと笑う。
「じゃあさ、試合の前にちょっと1on1やってみる?」
「え?」
「ちょうど時間あるし、どっちがフィジカル強いか試してみよ?」
菜月は一瞬戸惑ったが、すぐに口元を上げた。
「いいよ、やってみよう」
体育館の中央。
みんなが見守る中、凛音と菜月が向かい合った。
「ルールは簡単。3本勝負ね」
「了解!」
凛音がボールをドリブルしながら軽く構える。
「じゃ、いくよ!」
凛音が一瞬で動き出した。
軽やかなステップで菜月を抜きにかかる。
「っ……!」
菜月もすぐに反応し、素早く横にステップを踏む。
しかし――。
バッ!
凛音のスピードに一瞬遅れ、菜月の横をするりと抜けてしまった。
「よしっ!」
そのまま凛音がゴール下へ駆け込み、レイアップシュートを決める。
周囲から「おおーっ!」と歓声が上がった。
「やっぱバスケ部の動きはすごいね……!」
「菜月も反応速かったけど、凛音のフェイントが上手かったな」
悠斗も腕を組みながら試合を見つめる。
(菜月、負けず嫌いだし、ここからどう動くかな)
2本目。
今度は菜月が攻める番だった。
「次は負けないよ!」
菜月は素早くドリブルを開始。
ハンドボールの経験から、スピードを活かした攻めが得意だ。
「おっ、結構速い!」
凛音が警戒する。
菜月は一気にドライブを仕掛ける――が、そこで一瞬のフェイントを入れた。
「えっ!?」
凛音の重心が一瞬ずれたのを見逃さず、菜月はスッと逆方向へ動き、ゴール下まで駆け抜ける。
そして、そのままシュート!
シュパッ!
綺麗にボールがリングを通過し、菜月は「やった!」とガッツポーズを決めた。
「すげぇ、今のフェイント上手かったな」
悠斗は、思わず感心したように呟いた。
「ハンドボール部のドライブって、バスケでも通用するんだな」
「そりゃそうでしょ!」
菜月はドヤ顔で笑う。
「ふふ、やるじゃん!」
凛音も悔しそうに笑いながら、再びボールを持った。
「じゃあ、最後の勝負だね!」
3本目。
決着をつける最後の一本。
「この勝負、どっちが勝つと思う?」
圭吾が悠斗に小声で聞いた。
「……五分五分じゃねぇか?」
「おお? 悠斗が菜月を評価してるぞ?」
「バカ、普通に実力の話だろ」
「はいはい、そういうことにしといてやるよ」
圭吾がニヤニヤしながら言うのを、悠斗は軽く無視した。
(でも、どっちが勝つかな……)
試合が始まると、凛音と菜月は互角の攻防を見せた。
凛音のスピードと巧みなフェイント。
菜月の瞬発力と予測能力。
どちらも一歩も譲らず、息をのむ攻防が続いた。
そして――。
「うりゃっ!」
菜月が凛音のドリブルを読んでスティール!
そのまま一気にゴールに向かう。
「やばっ!」
凛音が必死に追いかけるが、菜月のスピードが一瞬勝った。
そして、ジャンプシュート――。
バシュッ!
綺麗な弧を描いたボールがリングを通り抜け、決まる。
「やったぁ!!」
菜月は思わずガッツポーズ。
周囲から拍手が起こる。
「すげぇ、菜月が勝った!」
「これは予想外!」
「いやー、マジでナイスプレー!」
凛音も手をパンパンと叩いて笑った。
「負けちゃった! でも菜月、すごいね!」
「えへへ、やった!」
「いや、普通にバスケ部でもやっていけそうじゃない?」
「それはないなー。ハンドが好きだから!」
菜月がにっこり笑う。
悠斗はその様子を見ながら、ふと呟いた。
「……やっぱ、菜月って負けず嫌いだよな」
「だな!」
圭吾が悠斗の肩をバンバン叩く。
「悠斗、お前さ……菜月のこと、すっげぇちゃんと見てるよな」
「は?」
「いやいや、お前、さっきからずっと菜月のこと見てたし、今の試合中もめっちゃ集中してたじゃん」
「……うるせぇ」
悠斗はわざとそっぽを向く。
「いや~青春だなぁ!」
「お前もやるぞ、圭吾」
「え、俺!? いや、俺は観戦専門だから!」
そんな男子たちのやり取りをよそに、菜月と凛音は笑い合っていた。
試合の結果よりも、お互いの成長を感じた瞬間だった。
体育の授業が終わり、女子たちは次の授業に向けて準備をしていた。
「いやぁ、楽しかった!」
菜月がタオルで汗を拭きながら、凛音と並んで歩く。
「菜月、マジで強かったなぁ。やっぱハンドの動きってバスケでも使えるんだね」
「うん、でもやっぱりバスケのフェイントはすごいなって思ったよ! あれ、何回も引っかかりそうになったし」
「お互い、良い勝負だったよね」
「うん!」
菜月と凛音は笑い合う。
そんな二人の後ろを、悠斗と圭吾が歩いていた。
「なぁ悠斗、お前今日ずっと菜月のこと見てたよな?」
「……は?」
「いやいや、俺は気づいちゃったよ。お前、試合の最初は普通だったのに、途中から妙に集中してたし、最後の菜月のシュートのとき、ちょっと口開いてたぞ」
「ねぇわ!」
「いやいや、絶対あった!」
「お前、俺の顔見てる時間あったのかよ」
「それくらい悠斗の反応が面白かったってことだよ!」
悠斗は圭吾の言葉を適当に流しながらも、どこか心の奥がざわついていた。
(……俺、菜月をそんなに見てたか?)
言われてみれば、確かに菜月の動きに目が行っていた。
ハンドのときとは違う動き。バスケでも通用する瞬発力と判断力。
負けず嫌いな表情。試合後の笑顔。
(……くそ、なんで今さらこんなこと考えてんだよ)
悠斗はわざと大きく背伸びをした。
「なんか悠斗、無理やり気を紛らわせてない?」
「……気のせいだろ」
「ふーん?」
圭吾がニヤニヤしているのを見て、悠斗は「うるせぇ」と呟いた。
放課後、悠斗はハンドボール部の練習が終わったあと、一人でストレッチをしていた。
そこへ、菜月がやってきた。
「お疲れー!」
「おう」
「今日の体育、楽しかったね!」
「……まあな」
悠斗はタオルで額の汗を拭きながら、ちらりと菜月を見る。
「でも、まさか私が勝つとはね」
「……意外だった」
「でしょ?」
菜月が得意げに笑う。
「悠斗も、ちょっとバスケやってみれば?」
「俺はハンドでいい」
「つまんなーい」
菜月がふっと笑う。その表情を見て、悠斗は無意識に口を開いた。
「……お前、やっぱ負けず嫌いだよな」
「え?」
「バスケでも、最後まで諦めてなかったし」
「そりゃあ、勝ちたいし!」
「そういうとこ、すげぇよな」
「……悠斗?」
菜月が不思議そうに目を瞬かせる。
悠斗は、自分が今どんな顔をしているのか分からなかった。
(俺、なんでこんなこと言ってるんだ?)
だが、菜月はそんな悠斗を見て、ふわりと笑った。
「……ありがと」
「……別に」
悠斗は軽く咳払いして、タオルを首にかけた。
「そろそろ帰るか」
「うん!」
悠斗と菜月は並んで歩き出す。
夕焼けに染まる帰り道。
いつも通りのはずなのに、悠斗の心の奥には、今までなかった何かがじわりと広がっていた。
次の日・昼休み
「悠斗、お前、昨日菜月と帰った?」
圭吾が唐突に聞いてきた。
「……まぁな」
「なんかさ、お前ら最近いい雰囲気じゃね?」
「……お前、本気で言ってんのか?」
「本気本気! なんなら周りもそう思ってるし!」
「……っ」
悠斗は言葉に詰まった。
(周りも……?)
悠斗と菜月が仲が良いことは、もともとみんな知っている。
でも、それを「いい雰囲気」だと思われていることに、悠斗は妙な戸惑いを覚えた。
「なぁ悠斗、お前、菜月のことどう思ってんの?」
「……」
どう思ってるのか。
その問いに答えようとして、悠斗は自分の中に浮かんだ感情に気づく。
昨日の試合で、菜月が勝ったときの笑顔。
夕焼けの帰り道での会話。
負けず嫌いな菜月の姿。
(……俺、こいつのこと、どう思ってるんだ?)
答えが出ないまま、悠斗はぼんやりと空を見上げた。
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