
「うわ……なんか古くね?」
バスを降りた瞬間、圭吾がそうつぶやいた。
目の前に広がるのは、木造の旅館。看板には歴史を感じる字が刻まれている。
「まぁ、こんなもんだろ。どうせ寝るだけだし」
悠斗は特に気にする様子もなく、バッグを肩にかける。
「だけどさ、これ、築何年よ?」
「知らねぇよ」
「いや、でもほら、玄関の隅、見てみろって」
圭吾が指差す先には、小さな 盛り塩 が置かれていた。
「……何か意味があるのかな?」
陽菜が不安げな顔をする。
「旅館ではよくあることだろ。気にすんな」
悠斗は適当に流しながら、旅館の中へ足を踏み入れた。
「さて、部屋に荷物を置いたら、すぐ練習に行くぞ!」
監督の号令で、選手たちは体育館へ移動する。
旅館のすぐ隣には、木造の体育館があり、床は少し年季が入っていたが、十分にプレーできる環境だった。
「思ったより使えそうじゃね?」
圭吾がボールを床に弾ませながら言う。
「まぁ、練習には十分だな」
悠斗はシューズを履き替えながら、すぐに体をほぐし始める。
「じゃあ、早速試合形式の練習を始める」
監督が選手たちを集め、チーム分けをする。
「悠斗、お前のチームはこっちだ」
「了解」
合宿初日から、さっそく実践的な練習試合が組まれた。
「悠斗!」
圭吾からのパスを受け取り、相手ディフェンスをかわす。
(いける!)
悠斗は ステップでタイミングをずらし、シュートを放つ。
バシッ!
ボールがネットを揺らした瞬間、悠斗はガッツポーズをとった。
「ナイスシュート!」
圭吾が駆け寄り、悠斗の肩を叩く。
「やっぱ悠斗のシュートはエグいな」
「まぁな」
悠斗は余裕の表情を浮かべるが、その直後――
「悠斗、戻れ!」
相手チームが素早くボールを回し、速攻を仕掛ける。
「っ……!」
悠斗が戻るのが一歩遅れ、あっさりと得点を許してしまった。
「ディフェンスが甘いぞ!」
監督の声が響く。
(……しまった)
悠斗は悔しげに唇を噛んだ。
試合が進むにつれ、選手たちの疲労も見え始めた。
「悠斗、右!」
圭吾の声に従い、右へパスを送るが――
「カットされた!」
相手チームがボールを奪い、再びカウンターを仕掛ける。
「悠斗、焦るな!」
監督の声が飛ぶ。
(わかってる……!)
だが、焦りがミスを呼ぶ。
「カウンター決められたぞ!」
監督が鋭く指摘する。
悠斗は反論しようとしたが、言葉を飲み込んだ。
(……もっと落ち着いてやらないとダメか)
「今日の練習はここまで!」
監督の声が響き、試合形式の練習が終了した。
「悠斗、今日のプレーどうだった?」
圭吾が近づいてきた。
「まぁ、良くも悪くもって感じだな」
「監督の指摘、ちゃんと聞いてたか?」
「わかってるよ」
悠斗はため息をついた。
(もっと完成度を上げないと……)
旅館に戻り、夕食の時間。
「飯がうまいってだけで、この合宿も悪くないな!」
圭吾が豪快にご飯をかき込む。
「お前、さっきまでバテバテだったのに」
「飯食えば回復するんだよ!」
悠斗はその様子を見ながら、自分の食事に集中した。
ミーティングを終えて、旅館の夜ーー
消灯時間を過ぎ、部屋の明かりが落とされると、昼間の雰囲気とはまるで違う静けさが広がっていた。
「……やっぱ夜になると、ちょっと怖くね?」
圭吾が布団に入りながら落ち着かない様子で言った。
「お前、さっきまでめちゃくちゃ飯食って元気だったろ」
悠斗が呆れながら言う。
「いやいや、こういうのは別だろ? 玄関の盛り塩とか……普通、ないって」
悠斗はため息をついて布団に潜り込む。
「言うほどか? なんかあったら、そのとき考えりゃいいだろ」
「いやいや、ちょっと待てよ……」
圭吾が急に壁に飾られた絵を見つめる。
「こういうとこってさ、ベタに 絵の裏にお札 とか……」
そう言いながら、おそるおそる絵をめくる。
「……え? うわぁぁぁぁぁ!!!」
圭吾が飛びのいた。
「お前、何やってんだよ……」
悠斗と大和が近づき、絵の裏を覗き込む。
「……お札、貼ってあるな」
「うん、間違いなくお札だな」
「やめろよ、お前ら冷静すぎんだろ!」
圭吾が震えながら絵を元に戻す。
「まぁ、お札くらい、な?」
悠斗は軽く笑って言ったが、ふと視線を横に向けると――
(……盛り塩)
テレビの裏に、小さな白い塩の山が置かれているのが見えた。
(いや、これは言わない方がいいな)
悠斗は何事もなかったかのように布団に入った。
「もういい、怖い! 早く寝るぞ!」
圭吾が無理やり布団をかぶる。
深夜、旅館の静寂の中、悠斗はふと違和感を覚えた。
(……ん?)
体が重い。
まるで誰かに押さえつけられているような感覚が広がる。
(……これ、金縛りか?)
最初は驚いたものの、悠斗はすぐに冷静になった。
(目は……瞑れるな)
ならば、と腹筋に力を入れ、身体を解こうと試みる。
(……ダメか)
もう一度、腹筋と肩の力を使って身体を捻るようにしてみる。
次の瞬間、ふっと圧力が消えた。
(なんだったんだ、まぁいいや)
悠斗はそのまま再び眠りについた。
一方、圭吾も同じく金縛りに遭っていた。
「!?」
(声が出ない……身体も動かねぇ)
呼吸はできるが、手も足も動かせない。
その時、足元に何かがいる気配を感じた。
(……え?)
ゆっくりと、何かが迫ってくる。
(くるな……くるな……)
しかし、近づいてくるそれは止まらない。
ぼんやりと見えたのは―― 人形。
白い顔、無表情な目。
ゆっくり、ゆっくりと迫ってくる。
(……ヤバい)
圭吾の全身がこわばる。
声を出そうとしても出せない。
心臓の鼓動がどんどん速くなる。
そして―― 目の前まで来た。
(やめろ……!)
その瞬間―― 圭吾の身体が動いた!
「はぁっ!!」
汗びっしょりの圭吾が、ガバッと起き上がる。
隣では悠斗がまだ寝ていた。
「……なんだよ、今の……」
圭吾は布団を抱え込み、震えながら朝を待った。
翌朝、朝食の席で――
「お前ら、顔色悪いぞ?」
大和が不思議そうに言った。
「いや……まぁ、ちょっとな」
悠斗は朝飯を食べながらぼんやりと答えた。
「俺、金縛りに遭ってさ……」
「え、お前も?」
圭吾が顔を上げる。
「……まぁ、力で解いたけどな」
「意味わからん」
圭吾が呆れたように言った後、少し間をおいて、
「……俺なんか、人形が近づいてきたんだぞ……」
と、小声で続けた。
「人形?」
悠斗が顔を上げる。
「ゆっくり迫ってきたんだよ……もうマジでダメかと思った……」
「そりゃキツいな」
悠斗はさらっと返すが、圭吾の顔は青ざめたままだ。
その時、大和がケロッとした顔で口を開いた。
「俺は全然平気だったけどな」
悠斗と圭吾が同時に振り向いた。
「え?」
「え?」
「なんもなかったぞ? 普通に寝てたし」
「お前……」
悠斗と圭吾は顔を見合わせ、どっと疲れが押し寄せた。
旅館を出発し、バスの中ーー
「はぁー、やっと帰れる!」
圭吾がぐったりしながら座席に沈む。
「お前、どんだけビビってたんだよ」
「ビビるわ! 昨日の夜、マジでヤバかったんだから!」
圭吾が興奮気味に話し始めると、後ろの席から菜月がひょこっと顔を出す。
「ねぇねぇ、なんの話?」
「うわっ!? びっくりした……!」
圭吾が跳ね上がる。
「いや、昨日の夜さ……俺、マジでヤバい目に遭ったんだよ」
「へぇ? どんな?」
「金縛りに遭ったんだよ! しかも、人形がゆっくり迫ってきてさ!」
菜月は「えっ?」と少し驚いた顔をした後、スマホを取り出し、何かを調べ始める。
「……あー、それってさ、この旅館のレビューに書いてあったやつじゃない?」
「……え?」
圭吾が動きを止める。
「『夜中に人形の姿を見たら、幸せが訪れます』って」
「……マジ?」
圭吾の顔がぱっと明るくなる。
「おいおい、それ最高じゃん! ってことは、俺めっちゃラッキーじゃね!? なんかいいこと起こるかも――」
「……ただし、呪われます、って書いてあったよ」
菜月がサラッと続けた。
「は?」
「ふふっ、ほら、ここに書いてある」
菜月がスマホの画面を見せると、そこには確かに
『深夜に人形の姿を見たら幸運が訪れる。ただし、呪われる』
としっかり書かれていた。
「いやいやいや、洒落になってないってー!!」
圭吾が思いっきり身震いする。
「もしかして、今後俺の身に何かヤバいことが……」
「まぁまぁ、気にしすぎじゃない?」
菜月が軽く笑う。
「呪いなんて迷信でしょ?」
「いやいやいや! 昨日の夜のアレ、どう考えても迷信のレベルじゃなかったからな!?」
そう言いながら、圭吾は不安そうに周りを見渡す。
その瞬間、悠斗と菜月が スッと少し距離を取った。
「ちょっ、どうして離れるの?」
圭吾が困惑した表情を浮かべる。
「いや、お前、呪われてるし」
悠斗がつっこむ。
「幸せが訪れたら教えてよ?けど、しばらく距離置くね!」
菜月が冗談っぽく笑うと、圭吾はさらに青ざめた。
「マジでやめろって……!」
そんな圭吾のリアクションを見て、悠斗と菜月は小さく笑った。
悠斗はそのまま窓の外に目を向ける。
そこには、 旅館で見たあの絵とそっくりな風景が広がっていた。
※コメントは最大500文字、10回まで送信できます