『コンビニ』

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「お、悠斗じゃん」

 コンビニの入り口で、菜月が軽く手を挙げる。

「……お前も寄ったのか」

 部活帰り、悠斗は無意識のうちにコンビニへ立ち寄っていた。
 のどが渇いていたし、小腹も空いていた。

「まぁね。ジュース買おうと思って」

 菜月はそう言って、さっさと店内へ入る。
 悠斗もそれに続いた。

 二人は特に会話を交わすことなく、それぞれ商品棚を見て回る。

 ――ガタン。

 同じタイミングで、二人の手が伸びた。

「……あ」

「お前もそれか」

 手に取ったのは、同じスポーツドリンク。

「いや、これが一番美味しくない?」

「まぁな」

 悠斗は無意識に笑っていた。
 それを見た菜月も、クスッと笑う。

「被るとか、気が合うじゃん」

「偶然だろ」

 悠斗はそう言いながらも、どこかくすぐったい気持ちだった。

「ついでにおにぎりでも買うか」

「私も!」

 悠斗と菜月は並んでレジへ向かう。
 別々に会計を済ませ、店を出ると、あたりはすっかり夕焼けに染まっていた。

「ちょうどいいから、ここで食べてく?」

 菜月がコンビニ横のベンチを指さす。

「別にいいけど」

 二人は並んで腰を下ろした。

「悠斗、何買ったの?」

「おにぎりとからあげ」

「え、からあげ!? ちょっとちょうだい!」

「は?」

 悠斗が袋を開けた瞬間、菜月が手を伸ばす。

「……お前、自分の買えよ」

「ちょっとだけだから!」

 菜月は遠慮なくからあげをつまむと、ひょいっと口に放り込んだ。

「ん~、うまっ!」

「……」

 悠斗は少し呆れながらも、何も言わずにおにぎりを開ける。

「はい、じゃあ私のも食べていいよ」

 菜月が自分の買ったおにぎりを差し出した。

「いや、いい」

「なんで!? 交換条件じゃん!」

「俺、明太子苦手」

「あ、そうなの?」

 菜月は少し驚いたような顔をする。

「じゃあ、今度から覚えとく」

「……は?」

 菜月は特に気にすることなく、自分のおにぎりを頬張った。

 一方で、悠斗は妙に意識してしまった自分が、ちょっとだけ恥ずかしかった。

(覚えとく、か……)

 言葉を繰り返してみるものの、それ以上深く考えるのもなんだか照れくさい。

「……ま、いっか」

 小さく息を吐き、悠斗も手元のおにぎりにかぶりつく。

 コンビニの前のちょっとしたスペース。特別な場所でもないのに、不思議と落ち着く時間だった。

「んー、お腹いっぱい!」

 菜月が伸びをしながら満足そうに息をつく。

「結局、俺のからあげ半分持っていったよな」

「いやいや、悠斗がくれたんじゃん!」

「いや、お前が勝手に取ったんだろ」

 悠斗が呆れたように言うと、菜月はケラケラと笑った。

「まぁまぁ、持つべきものは優しい友達ってことで!」

「……なんか納得いかねぇ」

 悠斗は苦い顔をしながら、スポーツドリンクのキャップを開ける。

 ふと、菜月が自分の飲み物を取り出して、キャップをひねった。

「……ん?」

 二人は同時にボトルを傾ける。

 ごくり、と喉を鳴らした瞬間、お互いの動きがぴたりと止まる。

「……お前も、それ?」

「……悠斗も?」

 二人とも、同じタイミングで同じ飲み物を口にしていた。

「……どんだけ気が合うんだよ」

 悠斗が呆れたように言うと、菜月はちょっとだけ照れたように笑った。

「でも、こういうのってさ、ちょっと嬉しくない?」

「いや、別に」

 悠斗はそう言いつつ、どこか誤魔化すように視線をそらす。

(……まぁ、ちょっとは思ったけど)

 でも、それを認めるのはなんとなく負けた気がした。

「そういえばさ」

 菜月がふと思い出したように言う。

「悠斗って、好きな飲み物とかあるの?」

「……別にこだわりはないけど、こういうスポーツドリンク系はよく飲むな」

「ふーん、じゃあ今度、一緒に買ってあげようかな」

「なんでそうなる」

「だって、こういうのって、ちょっとした気遣いでしょ?」

 菜月はにこっと笑う。

「覚えとくよ、悠斗の好きなやつ」

 さらっと言う菜月の言葉に、悠斗はまた変に意識してしまった。

(……そういうこと、さらっと言うのずるくね?)

 言葉にはしなかったけれど、心の中でそう思う。

「まぁ、今日はいい感じに偶然そろったってことで」

「そんな大げさなことか?」

「大事だよ、こういうの。コンビニの選択肢って意外と多いのに、同じのを選ぶってことは、ほら、相性がいいってことじゃん?」

「そんなこと考えて選んでねぇだろ」

 悠斗は適当に流そうとするが、菜月はどこか楽しそうに笑っていた。

「ふふっ、じゃあまた今度、コンビニでばったり会ったら、お互い何買うか見せ合おうね」

「いや、そんな約束することかよ」

「いいじゃん、楽しそうで」

 菜月はそう言って立ち上がる。

「そろそろ帰ろっか」

「おう」

 二人は並んで歩き始める。

 コンビニの前から少し離れ、住宅街へと続く道。

 ふと、菜月が小さな声でつぶやいた。

「……悠斗とは、こういう何気ない時間が楽しいよね」

「俺も……」

「……え?」

 歩いていた菜月の足が、ぴたりと止まる。

「な、なんか言った?」

 悠斗も、一瞬何を口にしたのか理解できず、動揺する。

「あれ、俺なんか変なこと言った?」

「……」

 菜月は、悠斗の顔をじっと見つめると――

 「……~~っ!!」

 顔を真っ赤にして、急いで歩き出した。

「お、おい!? ちょっと待てって!」

 悠斗が慌てて追いかけるが、菜月は早足で前へ進む。

「なんだよ、別に変なこと言ってねぇだろ?」

「……っ!」

 菜月は顔を覆いながら、小さな声でつぶやく。

「……ずるい」

「は?」

「悠斗のそういうの、ずるい」

 その言葉の意味を考えようとするが、菜月の背中がどんどん遠ざかっていく。

「ちょ、待てって!」

 悠斗が必死に追いかける。

 いつもと同じ帰り道。
 けれど、今夜はなぜかいつもより心臓がうるさかった。


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