
放課後の体育館。
練習を終えて荷物を片付け、チームメイトたちが次々と帰っていく。
「菜月、まだ残ってるのか?」
悠斗は、自分のバッグを肩にかけながら声をかけた。
菜月は、ボールを片付けながら振り返る。
「あぁ、ちょっと準備室の整理してから帰ろうと思って」
「マネージャーはもう帰っただろ? ひとりで大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫。慣れてるし」
悠斗は「そっか」とだけ言って、そのまま体育館を出ようとした。
けれど、ふと足を止める。
……なんか違和感。
菜月の動きが、少しぎこちない気がする。
「お前、どっかケガした?」
「え?」
悠斗の問いかけに、菜月は一瞬きょとんとした顔をする。
けど、すぐに「ああ」と軽く笑った。
「ちょっと転んで、手をついたくらい」
「手?」
「大したことないよ。ほら」
菜月は、何でもないように左手をひらっと広げて見せる。
けれど――
「……おい、めっちゃ擦りむいてんじゃねぇか」
悠斗は眉をひそめた。
指先や手のひらの皮がところどころめくれて、うっすら赤くなっている。
「……気にしてなかったけど、ちょっとヒリヒリするかも」
「いやいや、絶対痛ぇだろ」
悠斗はため息をつき、ポケットからハンカチを取り出した。
「手、出せよ」
「え、いいよ、そんな大げさにしなくても――」
「いいから」
悠斗が軽く手を伸ばす。
菜月は一瞬だけ迷うように目を伏せたけど――
「……」
静かに、手を差し出した。
悠斗は無言のまま、ハンカチを折って、そっと菜月の手に巻きつける。
指先が、かすかに触れる。
いつもと変わらないはずの放課後。
けど、なぜか今だけ、空気が違う気がした。
――なんだろう、この感じ。
「……ん?」
悠斗が、ふと顔を上げた。
菜月の耳が、少し赤いような……?
「お前、熱でもあんのか?」
「は!? ないし!」
「いや、なんか赤く――」
「違うし! ……ほら、もう終わったなら、早く帰りなよ!」
菜月は、なぜかそっぽを向いたまま、ぶっきらぼうに言う。
けれど、その声は、ほんの少しだけ――
かすれていた。
※コメントは最大500文字、10回まで送信できます