
放課後、何となく窓の外を眺めるのが習慣になっていた。
理由なんてない。
授業の終わり、机に置いた手を少し伸ばして、ぼんやりと外を見る。
グラウンドでは部活の掛け声が響き、昇降口の前には帰る準備をする生徒たちがいる。
その中に、彼女の姿を見つけた。
特に気にしていたわけじゃない。
ただ、目についた。
いつの間にか、視線が追っていた。
成績もいいし、運動もできる。
何より、可愛い。
彼女はいつも誰かと一緒にいて、笑っている。
ただ、それだけのこと。
なのに、いつの間にか目で追ってしまう。
探してしまう自分に、少しだけ戸惑う。
*
ある日、いつものように窓の外を見ていた。
昇降口の前、彼女が友達と並んで歩いている。
そして、不意に足を止めた。
誰かを探すように、視線を上げる。
──え?
次の瞬間、彼女は小さく手を振った。
窓越しに、まっすぐこちらへ向けて。
風が吹いて、彼女の髪が揺れる。
友達が驚いたように隣を見ている。
「え、誰に?」
聞こえなくても、口の動きでわかった。
彼女は軽く笑って、そのまま歩き出した。
何もなかったように。
でも、こっちはそうはいかなかった。
胸の奥が、ざわついた。
──今のは、偶然か?
いや、違う。
彼女の手は、確かにこっちに向けられていた。
思い違いじゃない。
そう思うほどに、心臓の音が大きくなる。
放課後、なんとなく窓の外を眺める。
それは、ただの習慣だったはずなのに。
たった一度、手を振られただけで、意味を持ち始めた。
あの日以来、放課後の窓際は、ただの習慣ではなくなった。
授業が終わり、机に置いた手を少し伸ばして、外を見る。
グラウンドでは部活の掛け声が響き、昇降口の前には帰る準備をする生徒たちがいる。
彼女の姿を探す。
自分でも驚くほど、すぐに見つけられた。
たぶん、前からそうだったんだろう。
無意識のうちに、視線で追っていた。
その日も、彼女は友達と歩いていた。
笑いながら話している。
眩しいくらいに、楽しそうだった。
──だけど、一瞬だけ。
ほんの一瞬、彼女の視線が上がる。
そして、また。
小さく、手を振った。
昨日と同じように。
「……っ」
鼓動が早くなるのを感じた。
きっと、思い違いじゃない。
彼女は、窓の向こうにいる自分を見つけている。
だけど、どうして?
なぜ、手を振るんだろう。
友達は、やっぱり不思議そうに彼女を見ている。
「誰に?」
彼女は、それに答えず、小さく笑って歩き出した。
*
意識するようになってから、些細なことが気になるようになった。
彼女と同じクラスの友達が、楽しそうに話しているのを見た。
彼女の名前が出ると、つい耳が傾く。
些細な情報に、いちいち反応する自分がいる。
それだけじゃない。
廊下でたまたますれ違うとき、どうしたらいいのかわからなくなる。
目が合っても、すぐに逸らしてしまう。
向こうは何も気にしていないのかもしれない。
でも、もし。
もし、彼女も意識していたら。
──そんなことを考えてしまう。
そういう目で見ると、彼女はやっぱり特別だった。
クラスの誰とでも仲が良くて、話しているときは楽しそうで。
それでいて、ふとしたとき、どこか遠くを見ていることがある。
何を考えているんだろう。
何を見ているんだろう。
*
ある日、窓際に座ると、雨の匂いがした。
天気は曇り。
もうすぐ降り出しそうな、湿った空気。
昇降口の前には、傘を持っている生徒がちらほら。
彼女も、その中にいた。
手には折りたたみ傘。
友達と話しながら、それを広げる。
そして、また。
一瞬だけ、こちらを見上げた。
窓越しに、静かに見つめ合う。
手は振らなかった。
でも、それだけで十分だった。
雨が降り出す。
音もなく、静かに。
彼女はゆっくりと傘を開いた。
友達と並んで歩き出す。
自分は、その背中をただ見つめていた。
*
「誰かを、好きになるって、どんな感じなんだろう」
そう思ったのは、たぶんこのときが初めてだった。
この気持ちは、何かの名前をつけられるものなのか。
それとも、ただの偶然が積み重なっただけなのか。
──もし、窓越しの手が、最初からなかったら。
自分は、彼女を意識することはなかったのかもしれない。
だけど。
たった一度、振られた手が。
視線が。
心のどこかに、静かに残ってしまった。
*
それから何度か、窓越しに視線が合うことはあった。
彼女は何も言わず、ただ、少しだけ笑ったり、視線をそらしたりした。
自分も、何もできなかった。
言葉にしないまま、過ぎていく時間。
季節が変わる頃、ふと気づくと、あの時間はもうなかった。
彼女を目で追うことも、窓越しに視線を交わすことも、もうなくなっていた。
何もなかったように。
まるで最初から、そんな時間が存在しなかったみたいに。
だけど。
今でも、ふとした瞬間に思い出す。
放課後、窓の向こうにいた彼女の姿を。
何も言わずに、ただ小さく手を振った、その瞬間を。
きっと、忘れられないままなんだと思う。
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