
昼休みが終わる少し前、教室内はざわめいていた。
誰かの笑い声が響き、廊下を走る音が遠くに聞こえる。机に突っ伏しているやつもいれば、まだ話し足りないのか、立ったまま談笑しているやつもいる。
窓際の席で、何の気なしにペンを指で転がす。
ぼんやりと窓の外を眺める。
ふと向かいの校舎の方へ目を向けると、視線がぶつかった。
廊下を挟んだ向こう側。
窓際に座っていた彼女も、こちらを見ていた。
数秒間。
ただ、それだけのことだったのに、心が小さく跳ねる。
それは本当に、ただの偶然だったのか。
それとも、向こうもこちらを見ていたのか——
そんなことを考えた瞬間、チャイムが鳴った。
ざわついていた教室が一気に慌ただしくなり、視線を戻したときには、もう彼女の姿はなかった。
放課後、帰る支度をしながら、友人がふと声をかけてきた。
「お前、最近よく外見てるよな」
何気ない言葉に、心臓が僅かに揺れる。
「……そうか?」
「そうだよ。昼休みとか、窓際でぼんやりしてること多いし」
「気のせいだろ」
適当に笑ってごまかしながら、カバンを肩にかける。
それ以上何か言われる前に、足早に教室を出た。
帰り道、歩きながら今日のことを思い出す。
偶然、視線が交わる。
それだけのはずなのに、なぜか心がざわつく。
名前も知らないし、話したこともない。
けれど、なぜか目で追ってしまう。
また明日、目が合うだろうか。
そんなことを考えてしまう自分が、なんとなくおかしかった。
空は夕焼けに染まり、地面に伸びた影がゆっくりと揺れる。
風が吹いて、木々の葉が静かにざわめいた。
「……考えすぎか」
小さく息を吐くと、そのまま足を速めた。
次の日、昼休み。
いつもと変わらない日常。
窓際の席に座り、何をするでもなく、ただ外を眺める。
向かいの校舎を意識しているわけじゃない。
そんなつもりはないのに、気づけば目がそちらへ向いている。
誰かが窓際で友人と談笑しているのが見えた。
教室の奥では、誰かが笑い声を上げる。
けれど、探していた姿は、どこにもなかった。
昨日の出来事は、やっぱりただの偶然だったのかもしれない。
ほんの一瞬、視線が重なっただけ。
それだけのことなのに。
それだけのことなのに、今日もまた、目で追ってしまう。
小さく息を吐いた、そのとき。
廊下を歩く誰かの姿が目に入った。
意識するより先に、その動きを目で追ってしまう。
ゆっくりと歩く彼女の姿。
友人と話しているのか、時折、小さく笑っていた。
何気ない仕草、何気ない表情。
昨日よりもずっと近くにいるのに、触れられない距離がもどかしい。
気づかれるはずもないのに、心臓の音がわずかに早くなる。
そのとき。
彼女がふと、足を止めた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
視線が交わる。
昨日よりも、ほんの少し長く目が合った。
けれど、またしても、言葉は出なかった。
何を言えばいいのかもわからないまま、ただ見つめることしかできなかった。
彼女は、小さく瞬きをして、そして——
ふっと、微笑んだ。
その瞬間、心が強く揺れる。
ほんの少し、世界が変わったような気がした。
帰り道。
いつもと同じ道を歩いているはずなのに、何かが違って見えた。
足取りが軽いわけじゃない。
何かが劇的に変わったわけでもない。
けれど、心のどこかが、少しだけ浮ついている。
昨日まではただの「偶然」だった。
でも今日の視線は、どうだったのだろう。
ほんの一瞬。
それだけのことなのに、どうしてこんなにも心に残ってしまうのか。
風が吹く。
夕暮れの空を見上げると、雲がゆっくりと流れていく。
また明日、目が合うだろうか。
そう考えた瞬間、自分でも気づかないうちに、小さく笑っていた。
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