
窓際の席に、夕陽が差し込む。教室の空気は、少しだけ名残惜しい放課後の匂いが漂っていた。
どこか遠くで部活動の掛け声が聞こえて、風がカーテンをわずかに揺らした。
「悠斗、ちょっと手伝って!」
ふと振り返ると――掃除用具を持った菜月がこちらを見ていた。
「……俺、今から部活なんだけど」
「先生に頼まれたの! 5分だけでいいから!」
「はいはい……」
俺はため息をつきながらも、仕方なく立ち上がる。
「ロッカーの上、埃すごいから拭いてほしいんだけど」
「これ、椅子に乗らないと届かねぇぞ」
「悠斗がやれば届くでしょ!」
「……まぁな」
俺は椅子の上に乗って、雑巾でロッカーの上を拭き始めた。
その時だった。
ゴトッ
「……?」
ロッカーの上に置かれていた古いダンボールが、バランスを崩して傾いた。
「っ!」
その下にいたのは、菜月。
反射的に俺はダンボールを受け止めようと手を伸ばした。
――しかし。
ガンッ!
右手が壁に激突した。
「悠斗!?」
「……っ」
痛みが指先まで走る。
でも――。
「全然大丈夫」
俺は何事もなかったかのように手を引っ込め、ダンボールを床に降ろした。
「ほら、終わっただろ」
「え、でも……痛くないの?」
「こんなの、たいしたことねぇよ」
俺は右手を何度か握りしめ、平然を装う。
(……マジで痛いけどな)
「悠斗、頑丈だけが取り柄で良かったね」
「……うるせぇ」
菜月はホッとしたように笑い、俺も適当に笑い返した。
(本当に大丈夫だよな……?)
でも、この時の違和感を、俺は軽く考えていた。
翌日、昼休み。
教室のざわめきの中で、俺は右手をそっと握りしめた。
(……やっぱ、痛え)
昨日の掃除のとき、菜月をかばってぶつけた右手。
指を動かすだけで鈍い痛みが響く。
(でも、明日は決勝戦)
全国につながる大事な試合。
ここで抜けるなんて選択肢は、ない。
「おい悠斗、お前今日練習来れるよな」
「……当たり前だろ」
「おーし! じゃあ今日もエース様にアシスト頼むわ!」
「はいはい……」
右手の違和感を悟られないように、軽く手を挙げる。
(たぶん、明日にはマシになってる……はず)
でも――。
「悠斗?」
隣の席の菜月が、俺の顔を覗き込んでくる。
「な、なんだよ」
「……なんか、今日元気ないね?」
「そんなことねぇよ」
「本当に?」
菜月はじっと俺を見つめる。
昨日のこと、覚えてるんだろうな。
(気づかれたくねぇ)
俺は適当に目を逸らして、パンをかじる。
「気のせいだろ。決勝戦前で、ちょっと集中してるだけだ」
「……ふーん」
菜月は納得してない顔だったけど、無理に突っ込んでこなかった。
(助かった……)
俺は、内心ほっと息をつく。
放課後、体育館。
決勝戦前最後の練習が始まる。
明日は試合だから、今日は 軽めの調整 だけ。
「シュート練習いくぞー!」
「おう!」
いつものルーティン。
圭吾と連携しながら、何本かシュートを打つ。
(……違和感、あるな)
スナップを効かせてボールを投げるたび、右手の奥に 鈍い痛みが響く。
(でも、やれないほどじゃない)
俺はいつも通りを装いながら、シュートを打ち続けた。
「悠斗、調子どう?」
キャプテンの大和が声をかけてくる。
「……悪くないっすよ」
「お前が決めてくれれば、勝てるからな」
「……任せてください」
俺は自信たっぷりに笑ってみせた。
でも――。
(本当に、大丈夫か……?)
心の奥にわずかな不安がよぎる。
「悠斗」
練習が終わった帰り道。
隣を歩いていた圭吾が、ぽつりと声をかけてきた。
「ん?」
「お前、ちょっと変じゃね?」
「は?」
「いやさ、シュートのとき、微妙にタイミングずれてる気がする」
「……気のせいだろ」
「ほんとかよ」
圭吾は疑わしそうに俺の顔を覗き込む。
こいつは昔から、俺のプレーを誰よりもよく見てる。
下手な誤魔化しは通じない。
「……ちょっと疲れてるだけだよ」
「……そっか」
圭吾はそれ以上は突っ込まず、軽く肩を叩いてきた。
「まぁ、お前はいつも通りやればいいさ。俺らが支えるから」
「……ああ」
俺は、そう答えるしかなかった。
決勝戦当日。
体育館の中は、すでに熱気で満ちていた。
客席には俺たちの学校の生徒や保護者、ハンドボール部のOBたちが詰めかけている。
ベンチからコートを見渡しながら、俺は右手をギュッと握った。
(痛みは……まだ残ってるな)
昨夜、何度も氷で冷やしたが、完全には回復しなかった。
でも、試合になれば関係ない。アドレナリンが出れば、どうにかなる。
(やるしかねぇ)
俺は深く息を吸い、チームメイトとともに円陣を組んだ。
「いよいよだな」
キャプテンの大和が低くつぶやく。
「この試合に勝てば、全国だ。絶対勝つぞ!」
「おおおっ!!」
チーム全員の声が体育館に響き渡る。
相手チームも、俺たちと同じく ここまで全勝で勝ち上がってきた強豪。
全国出場の枠は たった1つ。
(負けられるわけねぇだろ)
「悠斗、エースとして頼むぜ?」
「……当然」
大和の肩を叩き、俺はコートへと向かった。
前半戦開始!
試合のホイッスルが鳴り響く。
観客席からは大きな声援が飛ぶ。
俺はセンターのポジションに立ち、相手のディフェンスと向き合った。
(さぁ、こい)
序盤から一進一退の攻防が続く。
しかし――。
(……っ!)
違和感がある。
パスを受けた瞬間、右手の痛みが走る。
力が入らず、キャッチが不安定になる。
(まずい……)
ボールを持っても、シュートにいつもの威力が出ない。
「悠斗、シュートいけるか?」
圭吾がパスを送ってくる。
(ここで決めないと流れが悪くなる……!)
俺は一気にジャンプし、シュートモーションに入る――。
しかし、
「……っ、くそ!」
ボールはキーパーに止められ、こぼれ球を相手に奪われた。
「ナイスキー!」
相手チームが歓声を上げ、すぐに速攻を仕掛ける。
「戻れ!!」
キャプテンの声が響くが、俺は自分のシュートミスに頭が真っ白になっていた。
(……こんなはずじゃねぇのに)
後輩たちが必死にディフェンスするも、相手のエースが華麗にかわし、ゴールネットを揺らした。
「現在13-16! 点差は3点!」
気づけば、前半終了間際で3点差をつけられていた。
なんとなく観客席を見渡すと、菜月と目が合った。
(……悠斗、何やってんの)
そんな表情をしていた。
俺も自分でわかってる。
今のプレーは、俺らしくない。
(やべぇな……)
試合中にここまで不安になるのは、初めてだった。
ハーフタイム。
汗を拭きながら息を整えていた。
でも、チームの雰囲気は明らかに重い。
13-17。4点差。
このままいけば、全国大会の夢は潰える。
「……悠斗」
キャプテンの大和が俺の隣に座り、低い声で言った。
「お前、なんか変じゃねぇか?」
「……別に」
俺は無理やり笑ってみせる。
「ただ、調子が悪いだけっすよ」
「ほんとか?」
疑わしそうに俺の顔を覗き込む大和。
でも、俺はそれ以上何も言わなかった。
「後半、立て直すぞ」
監督の言葉で、チーム全員が頷く。
俺は水を飲み、深く息を吸った。
(大丈夫、やれる。絶対に)
でも、
心のどこかで不安が消えないまま、俺は再びコートに立った。
後半戦開始!
お互い一進一退の攻防が続いた。
しかし、俺のシュートは決まらない。
「悠斗、パス!」
圭吾がボールを回してくる。
俺はディフェンスをかわし、シュートモーションに入る――。
(いける!)
そう思った瞬間、右手に ズキッ と鋭い痛みが走った。
「……っ!」
ボールは枠の外へ。
「悠斗、どうした!?」
チームメイトの声が飛ぶ。
でも、俺は言葉を返せなかった。
「ねぇ、あのエースの子、調子悪くない?」
観客席から、そんな声が聞こえた。
「だよね。全然決まってないじゃん」
「こんなもん? 期待してたんだけどな」
――ドクン。
その言葉に、菜月の表情が変わる。
(……悠斗が、こんなミスをするなんて)
何かおかしい。
菜月は試合を見つめながら、一昨日のことを思い出した。
(一昨日の掃除……まさか)
――悠斗の手。
ロッカーの上の荷物を受け止めようとして、ぶつけた右手。
(もし、あの時の怪我のせいだったら……)
「……っ」
悠斗のシュートがまた外れた。
その瞬間、菜月の目に涙が溢れた。
「菜月、どうしたの?」
隣にいたチームメイトが驚いたように声をかける。
でも、菜月は返事をしなかった。
(悠斗……)
床に膝をつき、菜月は泣き崩れた。
「悠斗、戻れ!!」
相手の速攻が決まり、スコアは18-22。
ベンチがタイムアウトを要求する。
「タイムアウト!」
ホイッスルが響く中、俺はふと視線を向けた。
(……菜月?)
そこには、泣き崩れる菜月の姿があった。
(なんで、菜月が泣いてんだ……?)
心臓がざわつく。
でも、なんで?
!!
その瞬間、ある考えが頭をよぎった。
(もしかして……菜月、気づいたのか?)
俺が怪我をしていることに。
それと同時に、
俺の中にある感情が込み上げてきた。
(……何やってんだよ)
あいつが涙を流すなんて見たことがない。
菜月はいつも強気で、どんな時もポジティブなやつだ。
俺は右手をギュッと握る。
(こんな姿、見せたくなかったのに)
「悠斗、お前……」
キャプテンの大和が俺の肩を掴む。
「本当に、大丈夫なのか?」
「……」
言葉が出ない。
誤魔化すこともできなかった。
すると――。
「おいおい、悠斗~、緊張して昨日寝不足かよ?」
圭吾が、わざと軽い口調で言ってきた。
「お前が外すと、こっちのアシスト全部無駄になるんだけど?」
「……悪ぃ」
「ったく。ま、後がねぇんだから、気合入れろよ!」
圭吾はわざと大げさに拳をぶつけてくる。
その目は、すべてを分かっているようだった。
(……圭吾)
俺が怪我してること、きっと気づいてる。
それでも、こうして”いつも通り”に接してくれる。
(……俺は)
ここで負けるわけにはいかない。
俺が決めなきゃ、この試合は終わる。
「ラスト10分、俺たちで決めるぞ!」
キャプテンの掛け声とともに、俺たちは再びコートへ戻った。
(ここからだ)
目を閉じ、深く息を吸う。
そして、コートを見つめた。
――そこには、涙を拭いながら俺を見つめる菜月がいた。
(菜月…)
俺は菜月に向かって、小さく頷いた。
――そして、試合が再開する。
コートに戻った瞬間、俺の中で何かが変わった気がした。
(……もう、迷わねぇ)
菜月が泣く姿を見て、俺はようやく自分を取り戻した。
(負けられるわけがねぇだろ)
俺はエースなんだ。
チームを勝たせるのが、俺の役目だ。
逆襲の開始!
「悠斗!」
圭吾がディフェンスの間を割って走り込む。
相手の視線は俺に集中している。
(……よし、釣れた)
ノールックパス!
俺は視線をゴールに向けたまま、ディフェンスの裏にいた圭吾へパスを送る。
「っしゃあ!」
圭吾がキーパーの股を抜いてシュート!
25-28! 3点差!
観客席がどよめく。
流れが変わり始めた。
「ディフェンス固めろ!」
相手チームが少し焦りを見せ始める。
しかし、こっちの勢いは止まらない。
「悠斗、パス!」
俺は圭吾とアイコンタクトを取り、素早くポジションを変える。
相手のディフェンスが俺に詰め寄る。
(こいつを抜く……!)
フェイントを入れて、相手を一瞬揺さぶる。
体重が左に流れた瞬間――
また抜きパス!
サイドから走り込んでいたキャプテン・大和が完璧にキャッチし、そのままシュートを叩き込んだ!
26-28! 2点差!
相手の攻撃。
ディフェンスを固める俺たちに対し、相手エースが強引に突破を仕掛ける。
(こいつ、決めにきたな)
相手のジャンプシュート!
でも――俺の腕が、その軌道を塞ぐ!
「ブロック!!!」
ボールが跳ね返り、圭吾がすかさずキャッチ!
すぐさま俺にパスが回る。
(……いける!)
相手ディフェンスは戻りきれていない。
今しかない――!
俺はドリブルで相手のゴールへと突き進む。
「止めろ!」
ディフェンスが迫るが、俺は一瞬の隙をついてジャンプ!
しかし、キーパーが完全に俺の動きを読んでいた。
(普通に打っても止められる……なら――)
シュートフェイクからのスピンシュート!!!
ボールはカーブを描きながら、キーパーの足先をかすめてゴールネットに突き刺さった!
27-28! ついに1点差!
試合時間、残り1分。
俺たちは、ついに 1点差 まで追い上げた。
しかし、これは全国を懸けた試合。
ここで終わるほど、甘くはない。
(絶対に逆転する!)
「ディフェンス固めろ!!」
相手チームのキャプテンが叫び、全員が堅い守りを作る。
相手のパスが回る。
時間を使いながら、確実にゴールを狙ってくる。
(……エースの10番、こいつが決めにくるはず)
相手の10番がボールを持つ。
こいつは、このチームのエース。
シュート決定率が高く、最も警戒すべき相手だ。
俺は全力で密着マークする。
残り50秒――。
10番がフェイントをかけながら前へ進む。
「来るぞ!!!」
キャプテン・大和の声が響く。
そして――
10番が放った、渾身のジャンプシュート!
ボールは鋭くゴールへ向かう――が。
「止めた!!!!!」
俺たちのキーパーが、指先でギリギリ弾いた!!!
ボールはゴールポストに弾かれ、大きく跳ね返る。
「ナイスキー!!!!!」
会場が一瞬沸き上がる。
こぼれ球を圭吾が拾う。
「悠斗、行け!!!!」
圭吾が全力でボールを俺へとパスする。
俺はボールを受け取り、全速力でゴールへ向かう。
「止めろ!!!」
相手ディフェンダーが、必死に戻ってくる。
でも、俺はスピードで振り切った。
残り40秒。
(決める……!!)
ゴール前には、最後のディフェンダー1人。
俺はフェイントをかけながら、その壁をかわす――!
残り30秒。
「悠斗!!!」
圭吾の声が背後から聞こえる。
相手のキーパーが前に迫ってくる!
キーパーを引きつけたこのタイミング――
(ここだ!)
ループシュート!
ボールはゆっくりと放物線を描き、
キーパーの頭上を抜けた。
ゴール!!!
28-28ついに同点!!!!
残り20秒。
「絶対守れ!!!」
相手は速攻を仕掛けてくる。
しかし、こっちもオールコートマンツーで対応。
絶対にパスは繋がせない!
相手の苦し紛れのパスに大和が飛び込みボールを弾く!
溢れたボールを手にしたのは――圭吾!!!
「悠斗!!!」
圭吾が、すかさず俺へとボールを送る。
残り5秒。
(ここしかねぇ!!!)
渾身のロングシュート!!!!
残り3秒――。
ボールは、まっすぐゴールへと向かっていく。
体育館の空気が、一瞬凍りついた。
すべてがスローモーションのように見えた。
相手キーパーが動く。
「止めろ!!!」
相手の選手が叫ぶ。
キーパーが必死にジャンプし、指先を伸ばす。
(届くか……!?)
俺の視界には、
ゴールだけが映っていた。
そして――
シュートは――キーパーの指先をかすめた!!!
「……っ!!」
キーパーの手にわずかに触れたボールが、
そのままゆっくりとゴールネットを揺らす。
「決まったあああああ!!!!!」
29-28!!! 逆転!!!!!!
「試合終了!!!」
一瞬の静寂の後、
会場が爆発するような歓声に包まれる。
「試合終了!!!」
ホイッスルが響く。
俺はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
(……終わった?)
(本当に……勝ったんだ)
時間が止まったように感じた。
気づくと、周りが動き出していた。
「うおおおおお!!!!!」
「全国だ!!! 俺たち、全国決めたぞ!!!」
チームメイトたちが叫び、ベンチから監督も拳を突き上げる。
圭吾が俺の肩をガシッと掴む。
「悠斗!! お前、最後のシュート――やばすぎ!!!」
「……ああ」
そう返すのが精一杯だった。
試合が終わったのに、心臓の鼓動がまだ早い。
(俺たち……全国に行けるんだ)
その現実をゆっくりと噛み締める。
疲労で膝が震える。
右手も痛む。
でも、それすらどうでもよかった。
ふっと天井を見上げ、俺はゆっくりと息を吐いた。
試合終了のホイッスルが鳴ってからも、しばらく実感が湧かなかった。
全国大会出場が決まった。
(……本当に、勝ったんだ)
息が切れ、全身が鉛のように重い。
それでも、胸の奥が熱くてたまらなかった。
「悠斗!!!」
視界の端で、菜月が泣きながら駆け寄ってくるのが見えた。
次の瞬間、俺の体に衝撃が走る。
菜月が勢いよく抱きついてきたんだ。
「悠斗……ごめん、ごめんなさい……!!」
腕の中で震える声が聞こえる。
菜月の肩が小さく揺れていた。
「私のせいで、怪我してたのに……っ!!」
ああ、気づいてたんだな。
(やっぱり、こいつには誤魔化せねぇか)
「……菜月」
俺は、静かに息をつく。
震える背中に、そっと手を回して、軽く頭をポン、と叩く。
「……大丈夫。ほら、勝ったし」
そう言うと、菜月が顔を上げた。
「……でもっ!」
「お前が泣いてたから、無理したわけじゃねぇよ」
菜月がはっと息を呑む。
俺は少し視線を落として、ぽつりと続ける。
「……俺さ」
「去年も、その前も、先輩たちに全国に連れていってもらったんだ」
「でも、今度は、俺が後輩たちにその景色を見せてやんなきゃいけないって思ってた」
「だから、勝たなきゃって、それだけだった」
菜月は涙を浮かべたまま、じっと俺を見つめていた。
いつもの元気な顔じゃない。
いつも強気な菜月じゃない。
ただ、心の底から俺を想って泣いている顔だった。
「でも――ありがとな、菜月」
「お前が応援してくれてなかったら、きつかったかも」
俺がそう言うと、菜月の瞳が大きく揺れた。
しばらく何かを言おうと口を開きかけて――でも、言葉にならなかったのか、ぎゅっと唇を噛んだ。
そのまま、もう一度俺にぎゅっとしがみつく。
「……ばか」
小さな声が聞こえた。
「おーい悠斗! 菜月!」
そこへ、チームメイトたちが駆け寄ってくる。
「悠斗、お前最後のシュートやばすぎだろ!!」
「全国決めたぞ!! 俺ら!!!」
圭吾が俺の肩を叩き、大和がガッツポーズを作る。
「お前、めちゃくちゃかっこよかったんだからな!」
笑顔で圭吾が言うと、菜月も少し顔を伏せて、小さく頷いた。
「……うん。ほんと、すごかった」
「全国、いくぞ!!!!」
「おおおおお!!!!!」
体育館に、俺たちの歓声が響き渡る。
歓喜に包まれた体育館。
チームメイトと抱き合い、叫び、勝利の余韻に浸る。
全国大会への切符を手にした瞬間、
俺たちはようやく長い戦いのゴールを迎えた。
でも――
(ここは終わりじゃねぇ。ここからが本当のスタートだ)
「悠斗、手、大丈夫か?」
キャプテン・大和がふと俺の右手を見て尋ねる。
俺は反射的に手を引っ込めた。
「は? なんともねぇよ」
「……ほんとか?」
「お前、途中までマジでおかしかったし」
「ていうか、菜月が泣くくらいってどういうことだよ」
圭吾が腕を組みながら俺の手をじっと見つめる。
(……くそ、バレてる)
誤魔化そうとしても、
こいつらの前では意味がない気がしてくる。
「悠斗……」
横から小さな声がした。
菜月がじっと俺の右手を見ていた。
「……本当に、大丈夫なの?」
その目は、どこか不安げだった。
俺は一瞬だけ迷い、
それでも笑ってみせた。
「まぁ、ちょっと痛ぇけどな」
「でも、勝ったし」
それを聞いた菜月は――
少しだけ頬を膨らませた。
「ほんと、ばか……」
俺たちはその後、監督と合流し、正式に全国大会出場を告げられた。
「お前たちは、学校の誇りだ!」
「ここまで本当によく戦ったな」
監督の言葉に、俺たちは自然と拳を突き上げる。
全国の舞台に立つ。
まだ実感は湧かないけど、
確かに――夢だった場所に手が届いた。
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