
「なぁ、今週末ヒマ?」
ある日の昼休み、悠斗と菜月が弁当を食べていると、圭吾が突然声をかけてきた。
「なんだよ、いきなり」
「莉央ちゃんの学校で練習試合だけどさ、俺たちで応援しに行こうぜ」
「莉央の試合?」
「そう! この前、悠斗に『見に来てくれたら嬉しいな』って言ってたじゃん? だから、俺が代表して行くことにした!」
「お前、莉央のことめっちゃ好きじゃね?」
「いやいや、莉央ちゃんはみんなのアイドルだから!」
「……」
悠斗はため息をついたが、菜月は少し考えてから頷いた。
「いいんじゃない? 試合観戦するのも勉強になるし」
「おっ、菜月ノリいいな! 悠斗、お前も行くよな?」
「……まぁ、別にいいけど」
悠斗は軽く肩をすくめた。
(まぁ、試合観戦も悪くねぇか)
こうして、悠斗・圭吾・菜月の3人は週末、天音の練習試合を見に行くことになった。
試合当日、3人は天音の学校の体育館へ向かった。
「おー、結構人いるな」
「女子ハンドってあんまり見る機会ないから、楽しみかも」
「莉央ちゃん、どこかな?」
観客席からコートを見下ろすと、すでにウォーミングアップが始まっていた。
しかし――。
「……あれ? 莉央ちゃん、ベンチにいる?」
圭吾が首を傾げた。
「ほんとだ。スタメンじゃないのかな」
「まぁ、ハンドの試合は流れ次第で選手交代があるし、後半に出るかもな」
悠斗はそう言いながら、試合を見守る。
試合は白熱した展開だった。
天音のチームは相手にリードを許しながらも、必死に食らいついていく。
しかし、試合が進むにつれて、天音が一度も出場することはなかった。
「……おいおい、マジかよ」
圭吾がボソッと呟く。
後半に入っても、天音はベンチのまま。
そして――試合終了の笛が鳴った。
「結局、出番なしか……」
「……」
悠斗と菜月も、どこか言葉を失っていた。
そして、試合後。
「悠斗先輩!」
試合後、天音が駆け寄ってきた。
「見に来てくれてありがとうございます!」
「おう、頑張ってたな」
「えへへ……」
天音は笑顔を作るが、その表情はどこか寂しそうだった。
「……ごめんなさい。せっかく来てもらったのに、私、試合出られませんでした」
「別に気にすんなよ」
「でも……見に来てもらったのに、何もできなくて」
天音の笑顔が、ほんの一瞬だけ曇る。
そのとき――。
「莉央ちゃんの可愛さは、試合に出てなくてもチームの力になってるから!」
「……え?」
「いやいや、試合中もベンチでめっちゃ声出してたし! それに、莉央ちゃんがいるだけでチームの雰囲気良くなってるっしょ?」
「……圭吾先輩、変なフォローしないでくださいよぉ」
天音はそう言いながらも、少しだけ笑った。
(……なんか、無理してるな)
悠斗は、天音の表情の奥に、どこかぎこちないものを感じた。
天音が去ったあと、菜月はどこか落ち着かない表情をしていた。
「……悠斗、圭吾」
「ん?」
「私、ちょっと用事あるから、先に行ってて」
「おい、どうした?」
「……ちょっとだけ、行きたいところがあるの」
そう言い残し、菜月は体育館の外へと向かった。
体育館の裏。
菜月は、そこにしゃがみ込んでいる天音の姿を見つけた。
「……っ」
天音の肩が、小さく震えている。
(やっぱり……)
「莉央ちゃん」
「……!」
天音は驚いて顔を上げる。
「……あれ? 菜月先輩……?」
涙を拭い、無理やり笑顔を作る。
「ど、どうしたんですか?」
「……」
菜月は、何も言わずに天音の隣にしゃがみ込んだ。
「……悔しい時は、我慢しなくてもいいんだよ」
その言葉に、天音の表情が崩れた。
「っ……」
ぽろぽろと涙がこぼれ始める。
「私……頑張ってたのに……全然出られなくて……」
「うん」
「練習もして、声も出して……でも、結局ベンチで終わって……」
「うん」
「……私、何のために頑張ってるんだろ……」
天音は、涙を流しながら本音をぶつける。
菜月は、その気持ちが痛いほど分かった。
「……それでも、頑張るんでしょ?」
「え?」
「試合に出られなくても、今は悔しくても……それでも、ハンドボールが好きだから、続けてるんでしょ?」
天音は、涙を拭いながら、こくんと頷いた。
菜月は、そんな天音の肩を軽く叩く。
「私でよければ、一緒に練習しよっか?」
「……!」
天音の目が、大きく開いた。
「菜月先輩が……私と?」
「うん。私もまだまだ足りないことがいっぱいあるし、一緒に練習したら、お互い強くなれると思う」
「……!」
天音は、涙を拭いながら、ぎゅっと拳を握った。
「……はい! やりたいです!」
菜月は、そんな天音を見て、ふっと微笑んだ。
それから、菜月と天音は定期的に一緒に練習するようになった。
菜月がハンドボールの基礎や試合での動き方を教え、天音は真剣にそれを吸収しようと必死に取り組んでいた。
「もっと腰を落として! そう、視線は相手の動きじゃなくて全体を見るの!」
「は、はいっ!」
何度も繰り返し動きをチェックしながら、天音は少しずつ成長していった。
(前よりも動きが良くなった……)
菜月は天音の必死な姿を見て、ふと自分の過去を思い出した。
試合に出られなかった悔しさ。
頑張っても報われなかった日々。
(……あの頃の私に、今の天音が重なる)
天音の必死な姿を見つめながら、菜月はふと口を開いた。
「ねえ、莉央ちゃん」
「はい?」
「……私ね、小学生の頃はクラブチームに入ってたの」
「え……?」
天音が目を丸くする。
「でもね、そこでは上手い子がたくさんいて、私は全然試合に出られなかったの」
「……!」
「試合の日はいつもベンチだった。みんなすごい上手で、私はただ、試合の流れを見ているだけ」
菜月の視線は、どこか遠くを見つめていた。
「自分では頑張ってるつもりだった。でも、周りの子たちとの差を感じるたびに、悔しくてたまらなかった」
「……」
「試合が終わって、帰りの車の中で……ずっと泣いてた」
天音は、驚いたように菜月を見つめた。
(菜月先輩が……?)
「『試合に出たかった』って、ずっと言ってた。パパは『じゃあもっと頑張ろうか』って言ってくれて」
「……それで?」
「それから、近所の体育館でパパに特訓してもらうようになったの」
「……!」
「ドリブル、パス、シュート……何度も何度も繰り返して、ひたすら練習した」
菜月はふっと微笑む。
「それでね、中学に入った頃には、やっと試合に出られるようになったんだ」
「……すごい」
天音は、菜月の言葉を聞きながら、自分と重ねていた。
「……私も」
「うん?」
「私も……試合に出たかったです」
天音は、涙をこらえながら言った。
「チームメイトの頑張りはすごく分かってるし、私より上手い子が出るのは当然だって分かってる。でも……それでも、やっぱり試合に出たかった……」
「……」
「ベンチから見てるだけじゃなくて、みんなと一緒にコートで戦いたかった……!」
天音の声が震える。
菜月はそっと、天音の肩に手を置いた。
「……うん、分かるよ」
「……っ」
「私も、同じだったから」
天音は、菜月の優しい言葉に、涙が止まらなくなった。
天音が涙を拭いながら、顔を上げる。
「……菜月先輩みたいになれますか?」
「なれるよ。だって、莉央ちゃんはもう頑張ってるじゃん」
「……!」
「試合に出られなくても、悔しくても、こうして努力してるんだから、絶対に成長できる」
菜月の言葉に、天音は大きく頷いた。
「……私、もっと頑張ります!」
「うん、一緒に頑張ろう」
そう言って、二人は笑い合った。
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