『指先の余韻』

この記事は約4分で読めます。
この記事にはプロモーションが含まれています

「悠斗、ちょっとじっとして」

 放課後の教室。

 悠斗は席に座ったまま、少し前屈みになっていた。

「ん? 何だよ」

「ほら、髪にゴミついてる」

 菜月がそう言いながら、ひょいっと悠斗の髪をつまんだ。

「え、マジ?」

「うん、じっとしててってば」

 悠斗が動こうとした瞬間、菜月は少し身を乗り出した。

 ――距離が、近い。

 悠斗の目の前に、菜月の顔があった。

(……ち、近すぎねぇか?)

 菜月は特に気にする様子もなく、悠斗の髪を指で探る。

「えーっと……あ、あった」

 ふわっと指が触れた感触に、悠斗は思わず肩をすくめた。

「お前、そんな気にするほどじゃなくね?」

「いや、意外と目立ってたし。……よし、取れた」

 菜月が指先を軽く払う。

「ほら、オッケー」

「……サンキュ」

 悠斗は少しそっけなく言いながら、なんとなく視線を外した。

(やべぇ、なんかドキッとした……)

 菜月はいつもの調子で気にしてない様子だけど、悠斗の方は妙に意識してしまう。

「悠斗って、こういうとこ無頓着だよね」

「別にいいだろ」

「いや、身だしなみくらい気にしなよ。試合とかでも結構見られる立場なんだからさ」

「……そりゃそうだけど」

 悠斗は髪を無造作にかきあげる。

「それより、部活そろそろ行くぞ」

「はいはい」

 菜月は軽く肩をすくめて、自分のバッグを手に取った。

 二人で教室を出る。

 廊下にはまだ残っている生徒がちらほら。

「悠斗って、こういう時、全然気にしないよね」

「何が?」

「いや、男女でこうやって一緒に移動するとかさ」

「別に気にすることか?」

「まぁ、いいけどね」

 菜月はどこか意味ありげに笑った。

(なんだよ、その笑い……)

 悠斗はなんとなくモヤモヤしながら、階段を下りた。

 体育館に着くと、すでに何人かの部員が準備を始めていた。

「おーっす、悠斗、菜月!」

 圭吾がいつもの調子で手を上げる。

「お前ら、また一緒に来たの?」

「別にいいだろ」

 悠斗が軽く返すと、圭吾はニヤニヤしながら近づいてきた。

「いやいや、俺、見ちゃったんだよね~」

「……は?」

「教室で、菜月が悠斗の髪触ってたの」

「……っ!」

 悠斗は思わず顔をしかめた。

 横を見ると、菜月は全く動じることなく、「ああ、ゴミついてたから取ってあげただけ」とさらっと答える。

「お、おう……」

 悠斗の反応とは対照的な、菜月のあっけらかんとした態度。

「へぇー? でもさ、めっちゃ顔近かったよな? あれ、俺が悠斗ならドキドキするけど?」

「圭吾、お前、マジで黙れ」

 悠斗は低い声で圭吾を制止するが、圭吾はニヤニヤが止まらない。

「いやー、悠斗も男だしさ、そりゃ意識することもあるんじゃね?」

「……」

 悠斗はあえて何も言わず、さっさとシューズを履き替える。

「ま、菜月が全然気にしてなかったなら、問題ないか」

「うん、全然」

 菜月が軽く頷く。

「……なぁ、悠斗。お前、それはそれでちょっと寂しくない?」

「は?」

「いや、ほら。男としてはさ、もうちょっとこう……特別扱いされたいっていうか?」

「意味わかんねぇ」

 悠斗は呆れたように言いながら、ウォーミングアップを始める。

(ていうか、なんで俺がこんなことで悩まなきゃいけねぇんだ)

 ふと菜月の方を見ると、彼女は普通に準備を進めている。

 全く気にしてない風に見えるその表情に、悠斗は少しだけモヤモヤした。

 練習が終わり、帰り支度をしていると、菜月がふと悠斗の方を見た。

「ねぇ、悠斗」

「ん?」

「今日さ、圭吾に言われたこと、気にしてる?」

「別に」

 悠斗はそっけなく答える。

「そっか」

 菜月はふっと笑った。

「悠斗ってさ、意外とわかりやすいよね」

「……何がだよ」

「まぁ、別にいいけど」

 菜月は軽く肩をすくめ、バッグを持って立ち上がる。

「じゃあ、また明日ね」

「……おう」

 悠斗は少し納得のいかない気持ちを抱えながら、菜月の背中を見送った。

 教室でのあの距離感。

 菜月は何とも思ってなかったのかもしれないけど、悠斗にとっては――

(……やっぱ、近すぎだろ)

 自分の中で膨らんでいくモヤモヤをどうすることもできず、悠斗はため息をついた。


送信中です

×

※コメントは最大500文字、10回まで送信できます

送信中です送信しました!
error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました