
試合が終わった体育館には、まだ熱気が残っていた。
悠斗は汗を拭いながら、ベンチに座る。今日の練習試合は辛うじて勝利したものの、課題が多く残る内容だった。
「悠斗、お疲れ!」
コートを出ると、凛音が声をかけてきた。
「おう、ありがとな」
「ちょっと雑だったんじゃない? まぁ、相手が弱かったからいいけど」
「……はいはい」
そんな軽口を交わしながら、悠斗は体育館の外へと歩き出す。チームメイトたちはすでにロッカーへ向かっていたが、自分は少しだけ遅れていた。
(明日の練習、修正点まとめないとな……)
そんなことを考えていた、その時。
「せーーんぱぁいっ!!」
突如として聞こえた明るい声と、すさまじい勢いで向かってくる影。
「うわっ!?」
ドンッ!
不意打ちの衝撃に、悠斗はよろめく。何かが飛びついてきた――いや、正確には誰かが。
「えへへっ、久しぶり~!」
腕の中で、顔を上げたのは見覚えのある少女だった。
「……天音?」
「わぁ、ちゃんと覚えててくれたんだ! 先輩、やっぱり優しい~!」
抱きついたまま、天音 莉央は満面の笑みを浮かべる。
中学の後輩。ハンドボール部ではあったが、プレーの実力は正直そこまで高くなかった。それでも、持ち前の明るさと愛嬌で、チームのムードメーカー的な存在だった。
そして、今も変わらず――いや、それ以上に華やかで、まるでアイドルのようなオーラを纏っていた。
「いや、お前……さすがにびっくりするだろ」
「え~、先輩なら受け止めてくれるって思ったのに!」
悠斗が軽く肩を押して距離を取ると、天音は頬を膨らませてみせる。
「何してんだよ、お前。練習試合、観に来てたのか?」
「そうなの! 先輩のプレー見たくて! もー、やっぱりカッコよかった~!」
あざとさ全開のリアクションに、悠斗は少し引き気味になる。
「はは……お前、相変わらずだな」
「えへへっ♡ でもでも、先輩も変わらないね! もうちょっと私に優しくしてくれてもいいのに~」
そう言いながら、天音は悠斗の腕に軽く触れる。
「……」
その時だった。
ピピィーーーッ!!!
「……ん?」
悠斗が戸惑いながら振り向くと、そこには圭吾が腕を組みながら、にやにやとした表情で立っていた。
「悪質なチャージング!2分間退場です!」
「はい?」
天音の腕が悠斗に回った瞬間を見逃さなかったかのように、圭吾は審判のように指をさす。
「いやいやいや、ハンドボールのコート外でもチャージングはダメなんで、天音ちゃん、ちょっと向こうのベンチでお話ししてこようか?」
軽く手招きしながら、茶化すような口調で言う。
「あの、結構です」
天音は即座にピシャリと返した。
「え~、なんで? 俺と語り合おうよ!」
「圭吾先輩とは話さなくても十分ですので」
「あっさり言うね!? 俺、結構ショックなんだけど!」
「はいはい、気のせいです」
ばっさりと切り捨てられた圭吾が「ぐはっ」と演技じみたリアクションをするのを見て、悠斗は思わず吹き出しそうになった。
「圭吾、お前ほんと……」
「いやいや、悠斗こそ、何普通に受け止めてるんだよ! 普通に危険プレーだったぞ!?」
「危険プレーってなんだよ」
そんなやり取りをしている間、少し離れた場所では菜月・陽菜・凛音・佳奈がそれを静かに見ていた。
「悠斗って、結構モテるんだね?」
凛音がぽつりと呟く。
「いや、モテてるっていうか、あれは天音ちゃんが積極的なだけじゃない?」
佳奈が冷静に分析する。
「まあ、彼女のそういうところ、変わらないね」
陽菜は淡々とした声でそう言った。
菜月は――ちょっと考えたあと、ふっと笑った。
「ていうか、圭吾、審判になれるんじゃない?」
佳奈が小さく笑いながら呟くと、凛音も「むしろ向いてるかも」と続ける。
「でしょ!? 俺、才能あるかも!」
圭吾がドヤ顔で胸を張ると、悠斗は「どこに向かう気だよ」と呆れた声を出す。
「じゃあ、私たちもそろそろ行こっか」
菜月が軽く言うと、陽菜たちも「だね」と頷く。
そのまま体育館を後にしながら、菜月は振り返る。
圭吾と悠斗の掛け合いは、まだしばらく続きそうだった。
「……なんか、楽しそう」
思わずそう呟いて、ふっと肩の力が抜けるような気がした。
この先も、こんな感じで変わらずみんなと過ごせたらいいな――そんなふうに思いながら、私は歩き出した。
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