『卵焼き』

この記事は約3分で読めます。
この記事にはプロモーションが含まれています

 昼休みの教室。窓の外から春の陽射しが差し込み、穏やかな空気が流れている。

 悠斗は自分の席に座り、適当に弁当のフタを開けた。ハンドボール部の朝練を終えた後の昼飯は、いつも以上にうまく感じる。

「悠斗、また適当に食べてるでしょ」

 目の前に座ってきたのは菜月だった。

「……適当ってなんだよ」

「ほら、今日もまたおにぎりとから揚げだけ?」

「栄養バランスは完璧だろ」

「全然完璧じゃないから」

 菜月は呆れたようにため息をつき、自分の弁当のフタを開ける。

「ほら、私の卵焼き食べる?」

「なんで?」

「悠斗って甘いの好きでしょ?」

「……なんで知ってんだよ」

「知ってるよ、それくらい」

 菜月は何気なく、自分の弁当から小さな卵焼きをつまみ、悠斗の弁当の端に置いた。

「ほら、遠慮しないで」

「……いや、まぁ、もらうけど」

 悠斗はぼそっと呟きながら、菜月からもらった卵焼きを口に運んだ。

「……うまい」

「でしょ?」

 菜月が得意げに笑う。

「ねぇ、悠斗」

 弁当を食べ終えた菜月が、ふと顔を上げる。

「ん?」

「シャーペン貸してくれない?」

「また忘れたのかよ」

「忘れたんじゃなくて、落としちゃったの!」

「どっちも同じだろ」

 悠斗はため息をつきながら、自分の筆箱を開ける。

「ほら」

「ありがとう!」

 菜月はシャーペンを受け取ると、試しにカチカチとノックする。

「あ、これ使いやすいね」

「だろ?」

「もらっていい?」

「ダメに決まってんだろ」

 悠斗がジト目で睨むと、菜月は「冗談冗談」と笑った。

「でも、悠斗の持ち物って意外とちゃんとしてるよね」

「意外とってなんだよ」

「だって、見た目は適当そうだから」

「お前、それは失礼すぎるだろ」

 二人はそんなやり取りを続けながら、昼休みの時間を過ごした。

「そういえばさ」

 しばらくシャーペンを使いながら菜月が、ふと顔を上げた。

「ん?」

「悠斗って、将来のこととか考えてる?」

「将来?」

「うん。大学とか、ハンドボール続けるのかとか」

「……あんまり深くは考えてねぇな」

 悠斗はペンを回しながら、ぼんやりと考える。

「でも、今はハンドボールが一番大事って思ってる」

「そっか」

「お前は?」

「私は……どうしようかな」

 菜月は窓の外を見ながら呟く。

「ハンドボールは好きだけど、ずっと続けられるわけじゃないし……」

「お前がそんなこと言うとは思わなかった」

「私だって考えるよ」

 菜月は笑う。

「でもね、今はまだ先のことは分かんないけど……」

「うん」

「今は、悠斗と一緒に全国を目指したいって思ってる」

 その言葉に、悠斗は一瞬驚いたように目を瞬かせた。

「お、おう」

「だから、これからも頑張ろうね、悠斗」

 菜月がニッと笑う。

 悠斗は少しだけ視線を逸らしながら、照れくさそうに頷いた。

「……ああ、頑張るか」


送信中です

×

※コメントは最大500文字、10回まで送信できます

送信中です送信しました!
error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました