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	<title>青春 | NOVEL ROOM</title>
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	<lastBuildDate>Thu, 27 Mar 2025 19:31:15 +0000</lastBuildDate>
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	<title>青春 | NOVEL ROOM</title>
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		<title>『恋色の蛍光ペン』</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kei]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 27 Mar 2025 19:26:16 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[記憶のかけら]]></category>
		<category><![CDATA[青春]]></category>
		<category><![CDATA[恋愛]]></category>
		<category><![CDATA[恋の始まり]]></category>
		<category><![CDATA[蛍光ペン]]></category>
		<category><![CDATA[実話]]></category>
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					<description><![CDATA[　「……可愛いいよね？」 　そんな友達の言葉に、曖昧に笑って「まぁ、可愛いよな」なんて合わせておいた。 　話題にあがっていたのは、隣のクラスの女子だった。 　特別目立つタイプじゃない。でも、密かに思ってる男子は多い。自分 [&#8230;]]]></description>
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<p>　「……可愛いいよね？」</p>



<p>　そんな友達の言葉に、曖昧に笑って「まぁ、可愛いよな」なんて合わせておいた。</p>



<p>　話題にあがっていたのは、隣のクラスの女子だった。</p>



<p>　特別目立つタイプじゃない。でも、密かに思ってる男子は多い。自分も、その中の一人だった。</p>



<p>　彼女は吹奏楽部で、仲のいい女子グループと男子グループがあって、休みの日はよく一緒に遊んでるらしい。そういう話を聞くたび、ちょっとだけ胸がざわついた。</p>



<p>　話しかけたことなんてほとんどないのに、気づけば目で追っている。教室の窓から見える廊下、昼休みの移動中、たまたま近くを通り過ぎるとき。なぜか気になる存在だった。</p>



<p>　だから、その日もたまたまの出来事だったはずなのに、やけに心臓が跳ねた。</p>



<p>　休み時間。ノートをまとめていたとき、ふいに声がした。</p>



<p>　「そのペン、かわいいね」</p>



<p>　顔を上げると、彼女が立っていた。</p>



<p>　思わず一瞬、言葉が出なかった。</p>



<p>　「……ああ、これ？ 修学旅行のときに買ったやつ」</p>



<p>　キャラクターの顔が並んでいる5色の蛍光ペン。ちょっとした遊び心で買ったものだったけど、まさかこんなふうに話題になるとは思っていなかった。</p>



<p>　「使ってみていい？」</p>



<p>　「いいよ」</p>



<p>　手を伸ばしてきた彼女の肩が、ほんの一瞬だけ自分の腕に触れた。</p>



<p>　「……あっ、ごめん！」</p>



<p>　思わず彼女のほうを見ると、照れたように笑って、ペンを手に取っていた。</p>



<p>　「……いいね、これ。黄色とか、目立つし」</p>



<p>　「使う？」</p>



<p>　「いいのー？ じゃあ借りようかな」</p>



<p>　ニコッと笑った顔に、どこか子どもみたいな無邪気さがあって、その瞬間だけ教室の音がすっと遠のいた気がした。</p>



<p>　たったそれだけのこと。でも、ずっと心に残った。</p>



<p>　＊＊＊</p>



<p>　それから、彼女が時々ペンを借りにくるようになった。</p>



<p>　「今日も黄色、借りていい？」</p>



<p>　「どうぞ」</p>



<p>　「ありがと！」</p>



<p>　そんな他愛ないやり取りが、だんだんと自然になっていく。</p>



<p>　何か特別なことを話すわけじゃない。でも、ペンを渡すときに少しだけ指が触れたり、彼女の視線がちらっと合ったり。些細なことが、いちいち胸をくすぐった。</p>



<p>　渡した黄色のペンで、彼女が楽しそうにノートを書いてる姿を、隣の教室のガラス越しに見るのが、ひそかな楽しみになっていた。</p>



<p>　彼女はそれを知らない。</p>



<p>　でも、自分にとっては、たったそれだけのやり取りが、ちょっとずつ、確かに、特別になっていた。</p>



<p>　ある日のこと。<br>　教室でノートを整理していると、彼女と同じ吹奏楽部の子がひょいと顔を出してきた。</p>



<p>　「ねえ、ペン貸してあげてるんだって？ やさしいじゃん〜」</p>



<p>　からかうような笑い声と一緒に、意味ありげな視線を向けてくる。</p>



<p>　「なんでわざわざ、隣の教室まで借りに来るんだろうね〜？」</p>



<p>　その言葉が、妙に心に引っかかった。</p>



<p>　昼休み。<br>　彼女は来なかった。</p>



<p>　誰かに見られてる気がして、ドアの方を見るたび、つい期待してしまう。<br>　けれど、誰も来ない。<br>　机の上には、いつも通りに用意していたキャラペンだけが並んでいた。</p>



<p>　——来ないだけで、こんなに静かに感じるのか。</p>



<p>　その日の夜。</p>



<p>　スマホに通知が届いた。<br>　フォローも何もされていないアカウント。けれど、プロフィールの一言とアイコンの雰囲気で、すぐに彼女だと気づいた。</p>



<p>　「なんか変な噂されちゃってて…ごめんね」</p>



<p>　「変な噂って？」</p>



<p>　「2人っていい感じだよね、みたいな…」</p>



<p>　「それだけ？」</p>



<p>　「うん。」</p>



<p>　「そんなの全然気にしないよ。むしろ、そう思われてるの、ちょっと嬉しいけどな」</p>



<p>　「なにそれ、変なこと言わないでよ笑」</p>



<p>　打ち明けてくれたことが、ただ嬉しかった。<br>　ふたりの距離が、少しだけ近づいたように感じた。</p>



<p>　数日後。<br>　彼女が吹奏楽部の友達と一緒に、また教室に来た。</p>



<p>　「最近、優しくしてもらえなかったんじゃないの〜？笑」</p>



<p>　いつものように茶化されている彼女が、こちらをちらりと見て、照れたように小さく言う。</p>



<p>　「……ごめん。また、借りてもいい？」</p>



<p>　「もちろん」</p>



<p>　「私も借りようかな〜」と横から友達。</p>



<p>　「ごめん、好きな子にしか貸さないことにしてるんだよね」</p>



<p>　「なにそれ〜！ 特別扱い〜？」</p>



<p>　「あっ…ごめん、知らなかったから…」</p>



<p>　彼女は申し訳なさそうに目を伏せて、指先でキャラペンの端をそっとつまんだ。</p>



<p>　「いや、だからずっと貸してたんだけど」</p>



<p>　そう言って、笑いながら返すと——<br>　彼女は一瞬きょとんとして、何か言いかけたけれど、小さくうなずいてペンを持ち上げる。</p>



<p>　「……ありがとう」</p>



<p>　そう言って、顔を赤らめながら足早に教室を出ていった。</p>



<p>　「……えっ？ ちょっと待ってよ〜！」</p>



<p>　置いていかれた吹奏楽部の友人が、慌てて後を追いかけていく。</p>



<p>　——ちょっと、言いすぎたかな。</p>



<p>　そう思いながらも、胸の奥では小さな期待が膨らんでいた。</p>



<p>　その夜、彼女からのメッセージ。</p>



<p>　「今日もありがとう。また借りにいくね」</p>



<p>　「いつでもどうぞ」</p>



<p>　少し間があって、ポンと通知がまた鳴る。</p>



<p>　「あのさ、お昼の話って……」</p>



<p>　「ん？」</p>



<p>　「好きな子にしか貸さないって……」</p>



<p>　「あれは冗談だよ笑」</p>



<p>　「びっくりした〜」</p>



<p>　「ごめんね！でも、この先きっと好きになると思う」</p>



<p>　「その冗談は返事に困るよ〜」</p>



<p>　「これは冗談じゃないよ」</p>



<p>　「もう、なにそれ笑…そういうのは、普通は心の中に閉まっておくものじゃないの？」</p>



<p>　「え？ もしかしてはみ出してた？」</p>



<p>　「はみ出してる！」</p>



<p>　「じゃあ、もう好きってことかもしれないな、ちゃんと隠しておこう！」</p>



<p>　「隠す気ないじゃん笑、全部言ってる！」</p>



<p>　「秘密にしておいてくれない？笑」</p>



<p>　「もう……明日からどんな顔して会えばいいの…」</p>



<p>　「じゃあ、おやすみ」</p>



<p>　「寝れないじゃん…おやすみ！」</p>



<p>　翌日。</p>



<p>　休み時間になると、彼女はまたそっと教室に現れた。</p>



<p>　少し髪を耳にかけるしぐさ。笑ってはいるけど、どこか緊張しているように見えた。</p>



<p>　「今日も……借りていい？」</p>



<p>　「もちろん」</p>



<p>　手を伸ばしながら、彼女がぽつりと呟く。</p>



<p>　「昨日のメッセージ…」</p>



<p>　「……あ、ごめん！好きってこと、秘密にしておいて！お願い！」</p>



<p>　「もう……！」</p>



<p>　照れたように目をそらす彼女を見ながら、心がじんわりと熱を帯びていくのがわかった。</p>



<p>　それから、ふたりのやりとりは日常になった。</p>



<p>　「ねぇねぇ、また借りに来たの〜？笑」</p>



<p>　「うるさいなぁ！」</p>



<p>　吹奏楽部の友達がからかっても、彼女はもう、逃げるような顔はしなかった。<br>　ちらりとこちらを見て、困ったように笑って、それから——小さく、嬉しそうに笑った。</p>



<p>　放課後。</p>



<p>　机の上。黄色のペンの横に、ひとつの小さなメモが添えられていた。</p>



<p>　『明日は……赤色もお願い』</p>



<p>　丸く優しい文字と、うさぎとも猫ともつかないゆるキャラの落書き。</p>



<p>　それを見て、思わず笑ってしまった。</p>



<p>　明日も、また彼女と話せる。<br>　たったそれだけの確信が、今日一日の終わりを、そっとあたたかく包んでくれた。</p>



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		<title>『君がいない世界』</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kei]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 21 Mar 2025 05:10:16 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[リクエスト作品]]></category>
		<category><![CDATA[記憶喪失]]></category>
		<category><![CDATA[感動]]></category>
		<category><![CDATA[青春]]></category>
		<category><![CDATA[恋愛]]></category>
		<category><![CDATA[短編小説]]></category>
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					<description><![CDATA[　朝日がカーテンの隙間から差し込む。 　目を開けると、見慣れた天井があった。　スマホを手に取ると、時刻は午前6時50分。　いつもと同じ朝。 　だけど、何かが違う気がする。 　息を吸い込んでも、どこか胸が詰まるような感覚が [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="408" height="204" src="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/c81b55d6f2cbad345d0d866bcc5f796c-2.jpeg" alt="" class="wp-image-2264" srcset="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/c81b55d6f2cbad345d0d866bcc5f796c-2.jpeg 408w, https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/c81b55d6f2cbad345d0d866bcc5f796c-2-300x150.jpeg 300w" sizes="(max-width: 408px) 100vw, 408px" /></figure>



<p>　朝日がカーテンの隙間から差し込む。</p>



<p>　目を開けると、見慣れた天井があった。<br>　スマホを手に取ると、時刻は午前6時50分。<br>　いつもと同じ朝。</p>



<p>　だけど、何かが違う気がする。</p>



<p>　息を吸い込んでも、どこか胸が詰まるような感覚があった。</p>



<p>　気のせいだろうか。</p>



<p>　ベッドから降り、鏡の前に立つ。<br>　寝癖を直そうと髪を整えながら、ふと視線が止まった。</p>



<p>　右手の薬指。</p>



<p>　そこに、薄く指輪の跡のようなものが残っていた。</p>



<p>　……なんだろう。</p>



<p>　私は、指輪なんてつけていただろうか？<br>　ルールの厳しい学校だし、アクセサリーはほとんど持っていない。<br>　それなのに、この痕跡は……。</p>



<p>　妙な違和感を抱えたまま制服に袖を通し、家を出る。</p>



<p>　自転車に乗り、朝の風を感じる。<br>　通学路はいつもと同じ。<br>　同じ制服を着た生徒たちが歩き、時折笑い声が聞こえてくる。</p>



<p>　だけど、何かが足りない。</p>



<p>　この景色に、本当はもう一つ何かがあった気がする。</p>



<p>　「おはよう！」</p>



<p>　校門をくぐると、美幸が手を振って駆け寄ってきた。</p>



<p>　「おはよう」</p>



<p>　私は笑顔を返す。</p>



<p>　「また寝不足？ なんかぼーっとしてない？」</p>



<p>　「ううん、そんなことないよ」</p>



<p>　美幸と話しているうちに、違和感は薄れていく。<br>　きっと気のせい。<br>　考えすぎなだけ。</p>



<p>　そう思いながら、教室へ向かった。</p>



<p>　午前中の授業は、ぼんやりとしたまま過ぎていく。<br>　ノートを開き、ペンを走らせる。<br>　けれど、文字がどこか遠く感じた。</p>



<p>　私は今、何を考えているんだろう。</p>



<p>　何を、忘れているんだろう。</p>



<p>　昼休み。</p>



<p>　美幸と屋上でお弁当を広げる。<br>　いつも通り、他愛もない話をして、笑い合う。</p>



<p>　「佳奈ってさ、最近何か考えごとしてる？」</p>



<p>　「え？」</p>



<p>　「なんかさ、時々ぼーっとしてるし、何かを思い出そうとしてる感じがする」</p>



<p>　……そうだろうか。</p>



<p>　私は、何かを思い出そうとしている？</p>



<p>　自分ではよくわからなかった。</p>



<p>　「そんなことないと思うけど……」</p>



<p>　曖昧に笑って誤魔化す。</p>



<p>　だけど、美幸の言葉が胸の奥にひっかかったまま離れなかった。</p>



<p>　放課後になり、美幸と一緒に駅へ向かう。</p>



<p>　「今日はまっすぐ帰る？」</p>



<p>　「うん、なんか少し疲れちゃって」</p>



<p>　美幸は少しだけ心配そうな顔をしたけれど、「じゃあ、また明日ね」と手を振った。</p>



<p>　電車に乗り込み、空いている席に座る。</p>



<p>　扉が閉まり、電車が静かに動き出した。</p>



<p>　私はスマホを開き、無意識にアルバムをスクロールする。</p>



<p>　いつ撮ったのかもわからない、日常の風景。<br>　友達と出かけた写真。</p>



<p>　楽しい思い出が並んでいるはずなのに――なぜか、どれも少し物足りない気がする。</p>



<p>　「……何かが、足りない」</p>



<p>　小さく呟いた瞬間、電車が揺れた。</p>



<p>　隣の人と肩が触れる。</p>



<p>　「あっ、すいません」</p>



<p>　そう言いながら視線を上げた。</p>



<p>　相手も、こちらを見ていた。</p>



<p>　「こちらこそ、すいません」</p>



<p>　落ち着いた声。</p>



<p>　そして、左手の薬指に光る指輪。</p>



<p>　――あれ？</p>



<p>　その瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。</p>



<p>　なぜだろう。</p>



<p>　彼の顔は知らないはずなのに、見た瞬間、涙が出そうになった。</p>



<p>　何かが引っかかる。</p>



<p>　でも、それが何なのか分からない。</p>



<p>　電車が次の駅に着く。</p>



<p>　彼はゆっくりと立ち上がり、降りていった。</p>



<p>　私は、ただそれを見送るしかできなかった。</p>



<p>　――待って。</p>



<p>　そんな気がした。</p>



<p>　でも、なぜ？</p>



<p>　「……誰なの？」</p>



<p>　私の胸の奥にある違和感は、ますます大きくなっていった。</p>



<p>　帰りの電車を降り、家までの道を歩く。</p>



<p>　夕焼けに染まる街並みは、どこかぼんやりとしていた。<br>　いつも通る道なのに、妙に遠く感じる。</p>



<p>　あの電車の中で出会った人――。</p>



<p>　彼の顔を思い出そうとする。</p>



<p>　でも、うまく思い出せない。</p>



<p>　確かに見たはずなのに、どんどん記憶がぼやけていく。<br>　まるで、夢の中の出来事みたいに。</p>



<p>　でも、あの瞬間、胸が痛んだのは確かだった。</p>



<p>　なぜだろう。</p>



<p>　私は何を忘れているの？</p>



<p>　家に帰ると、すぐに自分の部屋に向かう。</p>



<p>　スマホのアルバムを開く。</p>



<p>　何か、ヒントがあるかもしれない。</p>



<p>　けれど、どれだけ見返しても、そこに彼の姿はなかった。</p>



<p>　見落としているだけだろうか。</p>



<p>　……それとも、本当に最初からいなかった？</p>



<p>　思考が絡まりそうになり、私はスマホを閉じた。</p>



<p>　疲れているのかもしれない。</p>



<p>　ベッドに横になると、いつの間にか意識が遠のいていった。</p>



<p>　――夢を見ていた。</p>



<p>　どこまでも続く白い空間。</p>



<p>　音がしない。</p>



<p>　誰もいない。</p>



<p>　私ひとりだけ。</p>



<p>　でも、どこか懐かしい気がした。</p>



<p>　なぜだろう。</p>



<p>　ここには、前にも来たことがある気がする。</p>



<p>　どれだけ歩いても、何もない。</p>



<p>　それなのに、私は何かを探している。</p>



<p>　……何を？</p>



<p>　わからない。</p>



<p>　でも、探さなきゃいけない気がする。</p>



<p>　足を止めると、背後から微かに声が聞こえた気がした。</p>



<p>　振り向く。</p>



<p>　けれど、そこには誰もいない。</p>



<p>　気のせい？</p>



<p>　違う。</p>



<p>　確かに、誰かがいる気がする。</p>



<p>　胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。</p>



<p>　「……誰？」</p>



<p>　口にした瞬間、視界が揺らいだ。</p>



<p>　何かが近づいてくるような気がする。</p>



<p>　でも、はっきりとは見えない。</p>



<p>　思い出さなきゃ。</p>



<p>　でも誰を――。</p>



<p>　そう考えた瞬間、夢の世界が崩れ、意識が引き戻されるように目が覚めた。</p>



<p>　暗い天井が見えた。</p>



<p>　部屋の中は静かだった。</p>



<p>　夢の中で、私は何を探していたのだろう。</p>



<p>　覚えているのは、ただ「何かを探していた」ことだけ。</p>



<p>　思い出せそうなのに、思い出せない。</p>



<p>　今まで感じていた違和感が、ますます大きくなっていく。</p>



<p>　ずっと、何かが欠けていた。<br>それが何かは、いまだに思い出せないまま――。</p>



<p>　目を閉じると、あの電車で出会った人の姿がぼんやりと浮かんできた。</p>



<p>　もう一度会えたら、何かが変わるのだろうか。</p>



<p>　それとも――。</p>



<p>　私は、何を求めているの？</p>



<p>　答えは、まだ霧の向こう側にあった。</p>



<p>　朝の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋を淡く照らしていた。</p>



<p>　目を開けると、心臓がわずかに跳ねる。</p>



<p>　さっきまで夢を見ていた気がする。</p>



<p>　でも、目覚めた途端、その内容は霧のように消えていった。</p>



<p>　覚えているのは、ただ「何かを探していた」ということだけ。</p>



<p>　ベッドの上に起き上がり、右手をそっと見つめる。</p>



<p>　薄く残る指輪の跡。</p>



<p>　昨日も気になったけれど、今朝はそれが妙に重く感じた。</p>



<p>　この違和感の正体は何だろう。</p>



<p>　ため息をつき、スマホを手に取る。</p>



<p>　時刻は午前6時50分。</p>



<p>　通知の数はいつもと変わらない。</p>



<p>　誰かからのメッセージを待っていたような気がするのに、そんな相手はいなかった。</p>



<p>　学校へ行けば、何か変わるだろうか。</p>



<p>　そんなことを考えながら、支度をして家を出る。</p>



<p>　自転車をこぎながら、昨日のことを思い出す。</p>



<p>　電車の中で出会った、あの人。</p>



<p>　顔はぼんやりとしているのに、左手の指輪のことだけが妙にはっきりと記憶に残っていた。</p>



<p>　どうしてだろう。</p>



<p>　彼を見た瞬間、胸が締めつけられた。</p>



<p>　ただの偶然？ それとも……。</p>



<p>　答えは見つからないまま、学校に着いた。</p>



<p>　「おはよう！」</p>



<p>　美幸が笑顔で手を振る。</p>



<p>　「おはよう」</p>



<p>　私はいつも通りに返事をする。</p>



<p>　「ねえ、放課後どっか寄らない？ 昨日も佳奈、なんか元気なかったし」</p>



<p>　「……うん」</p>



<p>　いつもなら「そんなことないよ」と言っていたかもしれない。</p>



<p>　でも、今日はなんとなく否定する気になれなかった。</p>



<p>　美幸の気遣いが嬉しかったのかもしれない。</p>



<p>　授業中、窓の外を眺める。</p>



<p>　空はどこまでも青く、風が雲をゆっくりと流していく。</p>



<p>　この空を、誰かと一緒に見た気がする。</p>



<p>　でも、その「誰か」が思い出せない。</p>



<p>　昼休みになり、美幸と屋上に向かう。</p>



<p>　お弁当を広げ、他愛もない話をしながら笑う。</p>



<p>　それなのに、胸の奥の違和感は消えなかった。</p>



<p>　「ねえ佳奈って、今好きな人いる？」</p>



<p>　突然の質問に、箸を持つ手が止まる。</p>



<p>　「え？」</p>



<p>　「最近、なんかそういう雰囲気あるなーって思って」</p>



<p>　美幸が軽い調子で言う。</p>



<p>　「……そんなことないよ」</p>



<p>　私は笑って誤魔化した。</p>



<p>　だけど、本当にそうだろうか。</p>



<p>　誰かを好きになったことがあった気がする。</p>



<p>　でも、その相手が誰だったのか、思い出せない。</p>



<p>　そんなことがあるだろうか。</p>



<p>　記憶が抜け落ちるなんて。</p>



<p>　……でも、それに気づいてしまったら、戻れなくなる気がした。</p>



<p>　私は何を、忘れているの？</p>



<p>　放課後、美幸とカフェに寄る。</p>



<p>　飲み物を手にしながら、窓の外をぼんやりと眺める。</p>



<p>　そのとき、心臓が跳ねた。</p>



<p>　人混みの中に、あの電車で出会った人がいた。</p>



<p>　いや、それだけじゃない。</p>



<p>　私は知っている。</p>



<p>　彼を、私は――。</p>



<p>　「……佳奈？」</p>



<p>　美幸の声にハッとする。</p>



<p>　「え？」</p>



<p>　「どうしたの？」</p>



<p>　「……なんでもない」</p>



<p>　カフェを出て、帰りの電車に乗る。</p>



<p>　座席に座り、スマホを開く。</p>



<p>　SNSのタイムラインをスクロールする。</p>



<p>　友達の写真が流れていく。</p>



<p>　見慣れたはずの風景なのに、どこか違和感がある。</p>



<p>　……誰かが、いたはずなのに。</p>



<p>　私は、もう一度アルバムを開いた。</p>



<p>　楽しい思い出が並んでいる。</p>



<p>　だけど、その中に欠けたピースがある気がする。</p>



<p>　電車が揺れた。</p>



<p>　肩が誰かに当たる。</p>



<p>　「あっ、すいません」</p>



<p>　顔を上げる。</p>



<p>　――彼だった。</p>



<p>　昨日、電車で見たあの人。</p>



<p>　「こちらこそ、すいません」</p>



<p>　彼は、少し寂しげに微笑んだ。</p>



<p>　胸が締めつけられる。</p>



<p>　私は、彼を知っている。</p>



<p>　でも、思い出せない。</p>



<p>　電車が駅に着く。</p>



<p>　彼は私より先に降りていく。</p>



<p>　私は立ち上がることができなかった。</p>



<p>　ただ、遠ざかる彼の姿を見送るしかなかった。</p>



<p>　次の瞬間、涙がこぼれた。</p>



<p>　「……なんで……」</p>



<p>　自分でも分からない。</p>



<p>　だけど、私は彼を知っている気がする。</p>



<p>　それなのに、思い出せない。</p>



<p>　どうして？</p>



<p>　私は、何を忘れてしまったの？</p>



<p>　家に帰ると、靴を脱ぎ、鞄を置き、真っ直ぐ自分の部屋へ向かった。</p>



<p>　電車の中で彼とすれ違った瞬間の胸の痛みが、まだ残っている。</p>



<p>　理由なんて分からない。</p>



<p>　でも、あのときの寂しそうな微笑みが、頭から離れなかった。</p>



<p>　私は、彼を知っている。それだけは確かだった。</p>



<p>　なのに、名前が――思い出せない。</p>



<p>　スマホのアルバムを開く。</p>



<p>　何度も見返したはずの写真たち。</p>



<p>　友達との写真、学校の風景、何気ない日常の瞬間。</p>



<p>　だけど、どの写真も、どこか不自然に感じた。</p>



<p>　この隙間、この空白。</p>



<p>　本当は、ここに誰かがいたんじゃないか。</p>



<p>　「……いないはずの誰かを探してるなんて、おかしいよね」</p>



<p>　独り言を呟き、スマホを閉じる。</p>



<p>　考えすぎたせいか、頭が霞んでいくようだった。</p>



<p>　今日は早く寝よう。</p>



<p>　そう思い、ベッドに横になった。</p>



<p>　目を閉じると、すぐに眠気が襲ってきた。</p>



<p>　――また、夢を見た。</p>



<p>　白い世界が広がっている。</p>



<p>　音も、風もない。</p>



<p>　私は、どこかを目指して歩いていた。</p>



<p>　どこへ向かっているのか分からない。</p>



<p>　でも、止まることはできなかった。</p>



<p>　何かを探している気がする。</p>



<p>　だけど、何を探しているのかが分からない。</p>



<p>　ただ、胸が痛い。</p>



<p>　何かが足りない。</p>



<p>　欠けているものがある。</p>



<p>　「……誰か」</p>



<p>　声を出してみる。</p>



<p>　だけど、応えはなかった。</p>



<p>　そのとき、ふと、遠くに人影が見えた。</p>



<p>　私は、夢中で駆け出していた。</p>



<p>　誰なの？</p>



<p>　待って。</p>



<p>　近づくほどに、胸が苦しくなる。</p>



<p>　喉が震える。</p>



<p>　涙が出そうになる。</p>



<p>　どうして？</p>



<p>　私は、何を思い出しかけているの？</p>



<p>　あと少しで、その人に手が届く。</p>



<p>　そう思った瞬間、足が止まる。</p>



<p>　喉の奥から、自然とこぼれ落ちる。</p>



<p>　「……裕人」</p>



<p>　その名前を口にした瞬間、すべてが弾けるように広がった。</p>



<p>　光が溢れる。</p>



<p>　目の前の人が、ゆっくりと振り向いた。</p>



<p>　優しく微笑んでいる。</p>



<p>　「やっと、気づいてくれた」</p>



<p>　その声を聞いた瞬間、何かが一気に溢れ出した。</p>



<p>　私は――。</p>



<p>　――目を覚ました。</p>



<p>　眩しい光が、カーテンの隙間から差し込んでいる。</p>



<p>　病室の天井が広がっていた。</p>



<p>　息を吸い込む。</p>



<p>　ゆっくりと目を向けると、誰かが私の手を握っていた。</p>



<p>　「……裕人？」</p>



<p>　震える声で、名前を呼ぶ。</p>



<p>　彼が、目を見開いた。</p>



<p>　「佳奈……」</p>



<p>　涙が溢れた。</p>



<p>　私は、帰ってきたんだ。</p>



<p>　裕人がいる、この世界に。</p>



<p>　裕人が目を見開いたまま、私の手を強く握る。</p>



<p>　「お前……」</p>



<p>　声が震えていた。</p>



<p>　裕人の目には、涙が溜まっていた。</p>



<p>　「……良かった……ほんとに……」</p>



<p>　言葉にならない声がこぼれる。</p>



<p>　私は――帰ってきたんだ。</p>



<p>　裕人がいる、この世界に。</p>



<p>　息を吸い込むと、胸の奥がじんわりと温かくなる。</p>



<p>　夢の中で、私はずっと何かを探していた。</p>



<p>　何かが足りない、何かが欠けている。</p>



<p>　それが、裕人だった。</p>



<p>　ずっと、忘れていた。</p>



<p>　でも、忘れたかったわけじゃない。</p>



<p>　思い出せなかっただけ。</p>



<p>　だけど、やっと思い出した。</p>



<p>　「……待たせちゃったね」</p>



<p>　涙が頬を伝う。</p>



<p>　裕人は首を振る。</p>



<p>　「いいんだ……！」</p>



<p>　唇を噛みしめ、涙を堪えながら、それでも笑った。</p>



<p>　「戻ってきてくれたなら、それだけで……！」</p>



<p>　私の手を握る裕人の指が、少しだけ震えていた。</p>



<p>　彼は、ずっと私を待っていてくれたんだ。</p>



<p>　夢の中で私は、裕人のいない世界をさまよっていた。</p>



<p>　でも、現実では彼が――私の手を離さずに待っていてくれた。</p>



<p>　私が目を覚ますのを、信じて。</p>



<p>　「もう、どこにも行かないよ」</p>



<p>　私はそっと、裕人の手を握り返す。</p>



<p>　裕人は、一瞬驚いたように私を見つめた。</p>



<p>　だけど、すぐに微笑む。</p>



<p>　「絶対だぞ」</p>



<p>　その言葉が、あまりに優しくて。</p>



<p>　また涙が溢れそうになる。</p>



<p>　もう二度と、忘れたりしない。</p>



<p>　彼がいる世界で、私は生きていく。</p>



<p>　もう、どこにも行かない。</p>



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		<item>
		<title>『星に願いをかけた夜』</title>
		<link>https://novel-room.online/the-night-i-wished-upon-a-star/</link>
					<comments>https://novel-room.online/the-night-i-wished-upon-a-star/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[kei]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 11 Mar 2025 17:22:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[リクエスト作品]]></category>
		<category><![CDATA[青春]]></category>
		<category><![CDATA[再会]]></category>
		<category><![CDATA[初恋]]></category>
		<category><![CDATA[星に願う]]></category>
		<category><![CDATA[切ない恋]]></category>
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					<description><![CDATA[電車の窓に映る、自分の顔をぼんやりと見つめていた。夜の街を流れる光が、頬をかすめていく。 ── あの頃と、何も変わらない。 いや、本当はすべて変わってしまったのかもしれない。景色は同じなのに、ここにいる自分だけが違う気が [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<figure class="wp-block-image size-full"><img decoding="async" width="720" height="360" src="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/c81b55d6f2cbad345d0d866bcc5f796c.jpeg" alt="" class="wp-image-2225" srcset="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/c81b55d6f2cbad345d0d866bcc5f796c.jpeg 720w, https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/c81b55d6f2cbad345d0d866bcc5f796c-300x150.jpeg 300w" sizes="(max-width: 720px) 100vw, 720px" /></figure>



<p>電車の窓に映る、自分の顔をぼんやりと見つめていた。<br>夜の街を流れる光が、頬をかすめていく。</p>



<p>── あの頃と、何も変わらない。</p>



<p>いや、本当はすべて変わってしまったのかもしれない。<br>景色は同じなのに、ここにいる自分だけが違う気がする。</p>



<p>久しぶりの地元。<br>どこか懐かしくて、どこか落ち着かない。</p>



<p>降り立ったホームには、夜の冷たい風が吹いていた。</p>



<p>── ここで、いつも遅れてくる結衣をホームで待っていた。</p>



<p>寒い夜も、暑い夕暮れも、駅の片隅でなんでもない話をしながら、くだらないことで笑い合った。</p>



<p>あれは、もう何年前のことだろう。</p>



<p>「……」</p>



<p>ポケットの中で、スマホを握りしめる。<br>連絡するつもりはなかった。<br>ただ、気になってしまう。</p>



<p>── 彼女は、今どこにいるんだろう。</p>



<p>そう思ったところで、どうしようもないことも分かっているのに。</p>



<p>夜の街を歩く。</p>



<p>信号の向こう、商店街の明かり。<br>あの頃と同じ場所を歩いているのに、景色が少しぼやけて見える。</p>



<p>「拓実……久しぶり」</p>



<p>不意に、聞き覚えのある声がした。</p>



<p>振り向いた先に、彼女がいた。</p>



<p>── 夢でも見てるのかと思った。</p>



<p>変わらない部分も、変わった部分もあった。<br>髪は少し伸びて、大人びた表情をしている。<br>だけど、どこか懐かしい匂いがした。</p>



<p>「帰ってきてたんだ」</p>



<p>「……まあね」</p>



<p>それ以上、何を言えばいいのかわからなくなる。</p>



<p>数年ぶりの再会。<br>ずっと気になっていたのに、目の前にすると何も言葉が出てこない。</p>



<p>「元気だった？」</p>



<p>「……うん、まあね」</p>



<p>沈黙。</p>



<p>お互いに、言葉を探しているのが分かる。</p>



<p>「東京は、どう？」</p>



<p>「……普通。思ってたより、全然うまくいってない」</p>



<p>素直に、そう言えた。</p>



<p>彼女は少し驚いたように目を見開いたけれど、すぐに微笑んだ。</p>



<p>「そうなんだ」</p>



<p>他愛のない会話。<br>だけど、心の奥底で、何かが揺れ動いているのを感じる。</p>



<p>「……あのさ」</p>



<p>言おうとした言葉が、喉の奥でつかえて出てこない。</p>



<p>── 「ごめん」</p>



<p>その言葉すら、今さら言うべきなのかわからなかった。</p>



<p>「変わらないね」<br>　<br>　彼女が夜空を見上げながら、ぽつりと呟いた。<br>　<br>　その横顔は、どこか寂しげで、それでもどこか穏やかだった。<br>　<br>　夜風が吹く。<br>　<br>　「昔さ、願い事をすれば叶うって信じてたよな」<br>　<br>　ふと、言葉がこぼれる。<br>　<br>　「あの頃？」<br>　<br>　彼女がゆっくりとこちらを振り向く。<br>　<br>　「覚えてるよ。二人で夜の公園で寝転がってさ、流れ星を待ってたこと」<br>　<br>　「ああ。結局、流れ星なんて見えなかったけど」<br>　<br>　「でも、願ったよね？」<br>　<br>　「……願った」<br>　<br>　忘れるはずがなかった。<br>　あの夜、彼女は目を閉じて、真剣な顔で願い事をしていた。<br>　<br>　「ねえ、何を願ったの？」<br>　<br>　あの時、そう聞いた。<br>　<br>　彼女は照れくさそうに笑いながら、言った。<br>　<br>　「秘密」<br>　<br>　その言葉の意味を、今でも知ることはできないまま。<br>　<br>　「……願い、叶った？」<br>　<br>　静かな声で、彼女に聞いた。<br>　<br>　彼女は一瞬だけ目を伏せ、それから、静かに首を振った。<br>　<br>　「ううん」<br>　<br>　── そうか。<br>　<br>　「でもね」<br>　<br>　彼女は、ふっと微笑んだ。<br>　<br>　「願いって、叶わないから意味がないわけじゃないんだって」<br>　<br>　「……どういうこと？」<br>　<br>　「昔、願ったことがあったから、今の私がいるって思うんだ」<br>　<br>　彼女は、コートのポケットに手を入れながら、夜空を見つめる。<br>　<br>　「願いは叶わなかった。でも、願ったことは、私の中にちゃんと残ってる」<br>　<br>　彼女の言葉は、痛いほど優しかった。<br>　<br>　まるで、すべてを過去として受け入れたかのような。<br>　<br>　── だけど、俺は。<br>　<br>　「……俺は、あの頃のままだよ」<br>　<br>　口に出して、驚いた。<br>　<br>　ずっと忘れようとしていたのに、心のどこかで、彼女と過ごした時間を手放せずにいたことを、自分自身が一番よく分かっていた。<br>　<br>　「……うん」<br>　<br>　彼女は、それ以上何も言わなかった。<br>　<br>　ただ、少しだけ、悲しそうに笑った。<br>　<br>　<br>＊＊＊<br>　<br>　<br>　駅までの道を、ゆっくりと歩いた。<br>　<br>　何を話せばいいのか分からないまま、並んで歩く。<br>　<br>　それは、あの頃と同じようで、決定的に違っていた。<br>　<br>　「また……会えるかな？」<br>　<br>　そう言いかけたとき、彼女のスマホが鳴った。<br>　<br>　画面を見た彼女の表情が、一瞬変わる。<br>　<br>　「……ごめん、そろそろ行かなきゃ」<br>　<br>　「あ、うん」<br>　<br>　彼女は、微笑んで。<br>　それが「優しい笑顔」なのか、「距離を置くための笑顔」なのか、分からなかった。<br>　<br>　「じゃあね」<br>　<br>　手を振って、歩き出す彼女の後ろ姿を見つめる。<br>　<br>　「……」<br>　<br>　言葉が出なかった。<br>　何もできなかった。<br>　<br>　どんなに時間が経っても、あの頃の続きを取り戻すことなんてできない。<br>　<br>　── それでも、願ってしまう。<br>　<br>　もう一度、彼女と並んで歩ける日が来るなら、と。<br>　<br>　夜空に、瞬く星が見える。<br>　<br>　あの頃、二人で見上げた星。<br>　<br>　「願いをかけたら、叶うかな」<br>　<br>　かつて、そんなふうに笑いながら話した。<br>　<br>　今、もう一度願ってみてもいいだろうか。<br>　<br>　<br>＊＊＊<br>　<br>　<br>　次の日、街をぶらついていると、偶然、昔の友人と出くわした。<br>　<br>　「拓実？おお、マジか！ 久しぶりじゃん！」<br>　<br>　懐かしい顔ぶれ。<br>　地元に帰ってきたとはいえ、誰かと会うつもりはなかった。</p>



<p>　「てかさ、お前、結衣に会った？」</p>



<p>突然、名前を出されて、一瞬息が詰まる。</p>



<p>「……会ったよ」</p>



<p>「そっか。あいつ、今どうだった？」</p>



<p>結衣の微笑みが脳裏に浮かぶ。</p>



<p>「……元気そうだったよ」</p>



<p>そう答えながら、あの笑顔が「本当に元気な笑顔だったのか」考えてしまう。<br>　<br>　変わらない部分と、変わった部分。<br>　<br>　昨日の彼女の笑顔は、どっちだったんだろう。<br>　<br>　「……元気そうだったよ」<br>　<br>　そう答えると、大樹は少しだけ表情を曇らせた。</p>



<pre class="wp-block-code"><code>「そっか……そっか」</code></pre>



<p>その言い方が、少し引っかかった。</p>



<p>まるで、大樹は何かを知っているかのような口ぶりだった。</p>



<p>「……なんかあったのか？」</p>



<p>思わず聞き返すと、大樹は少し間をおいて、首を振った。</p>



<p>「いや、別に。ただ……お前がそう言うんなら、そうなんだろうな」</p>



<p>それだけ言って、大樹は苦笑する。<br>その笑顔が、どこか釈然としなかった。<br>　<br>　<br>　夜の公園。<br>　<br>　彼女と最後に話したのは、ここだった。<br>　<br>　── いつか迎えに来るから。<br>　<br>　その言葉を、信じてくれていたんだろうか。<br>　それとも、最初から信じてなんていなかったんだろうか。<br>　<br>　ベンチに座り、ポケットからスマホを取り出す。<br>　彼女の名前を探す。<br>　<br>　指が止まる。<br>　<br>　── 何を言えばいい？<br>　<br>　今さら連絡して、何になる？<br>　<br>　だけど、昨日の彼女の背中が、どうしても忘れられなかった。<br>　<br>　迷っていると、ふいに通知が鳴った。<br>　<br>　結衣からのメッセージだった。<br>　<br>　「ねえ、今、時間ある？」<br>　<br>　── 心臓が跳ねた。<br>　<br>　「あるよ」<br>　<br>　そう返信すると、すぐに返事が来た。<br>　<br>　「ちょっと、話せる？」<br>　<br>　<br>＊＊＊<br>　<br>　<br>　待ち合わせたのは、駅前の小さなカフェ。<br>　<br>　結衣は、先に来ていた。<br>　<br>　「ごめん、急に」<br>　<br>　「いや、大丈夫」<br>　<br>　コーヒーの香りが漂う店内。<br>　結衣は、カップを両手で包み込むように持っていた。<br>　<br>　「……昨日、会ったとき、言えなかったことがあるんだ」<br>　<br>　静かに口を開く。<br>　<br>　「ずっとね、何か言いたかったんだけど、うまく言葉にできなくて」<br>　<br>　その声には、どこか躊躇いがあった。<br>　<br>　「東京に行ったとき、寂しかった？」<br>　<br>　「…うん」<br>　<br>　「……そっか」<br>　<br>　結衣は、少しだけ目を伏せた。<br>　<br>　「ねえ、覚えてる？ 昔、星を見ながら言ってたこと」<br>　<br>　── 「願いをかけたら、叶うかな」<br>　<br>　胸の奥が、ざわついた。<br>　<br>　「私、あのとき、本当に願ったんだよ」<br>　<br>　「……」<br>　<br>　「でもね」<br>　<br>　結衣は、そっと笑った。<br>　<br>　「願いだけじゃ、ダメだった」<br>　<br>　それは、何を意味しているんだろう。<br>　<br>　「……今、好きな人がいるの？」<br>　<br>　自分でも驚くほど、掠れた声で聞いた。<br>　<br>　結衣は、少しだけ目を見開いて、<br>　それから、小さく頷いた。<br>　<br>　「うん」<br>　<br>　喉の奥が、ひどく苦しくなった。<br>　<br>　「そっか」<br>　<br>　それしか、言えなかった。<br>　<br>　<br>＊＊＊<br>　<br>　<br>　結衣の「うん」という言葉が、胸の奥に鈍く響いた。<br>　<br>　── もう、終わってるんだな。<br>　<br>　分かっていたはずなのに、実際に聞くと、予想以上に苦しかった。<br>　<br>　結衣はカップを両手で包んだまま、少しだけ微笑んでいた。<br>　<br>　カップの中で揺れるコーヒーの表面を見つめる。<br>　次に何を言えばいいのか分からなかった。<br>　<br>　いや、本当は、もう何も言えなかったのかもしれない。<br>　<br>　「ねえ」</p>



<p>　結衣が小さく息を吐いて、口を開いた。<br>　<br>　「今も、星に願い事、する？」<br>　<br>　思いがけない言葉に、顔を上げた。<br>　<br>　結衣は、窓の外に目を向けていた。<br>　<br>　「昔さ、一緒に星を見て、『願ったら叶うかな』って話したよね」<br>　<br>　「……覚えてるよ」<br>　<br>　忘れるはずがなかった。<br>　<br>　あの夜、二人で並んで空を見上げたこと。<br>　小さな光を見つけて、願い事を口にしたこと。<br>　<br>　「この先も、ずっと一緒にいられますように」<br>　<br>　そう願った。<br>　<br>　「私はね、今でも星を見上げるよ」<br>　<br>　結衣の声は、穏やかだった。<br>　それが、どこか切なく響く。<br>　<br>　「願いは……叶った？」<br>　<br>　意図せず、口にしてしまった。<br>　<br>　結衣は、一瞬だけ目を伏せた。<br>　そして、静かに首を振った。<br>　<br>　「ううん」<br>　<br>　── そうか。<br>　<br>　「でもね」<br>　<br>　結衣は、ふっと微笑んだ。<br>　<br>　「願いって、叶わないから意味がないわけじゃないんだって」<br>　<br>　「……どういうこと？」<br>　<br>　「昔、願ったことがあったから、今の私がいるって思うんだ」<br>　<br>　カップをそっとテーブルに置き、真っ直ぐにこちらを見た。<br>　<br>　「拓実と過ごした日々があったから、今の私があるんだと思う」<br>　<br>　その言葉は、痛いほど優しかった。<br>　<br>　拒絶でもなく、後悔でもなく、ただ、結衣が見つけた答え。<br>　<br>　「ありがとう」<br>　<br>　最後の一言が、決定的だった。<br>　<br>　ああ、本当に、終わったんだな。<br>　<br>　結衣は、もう前を向いて歩いている。<br>　<br>　それなのに、俺は──。<br>　<br>　<br>＊＊＊<br>　<br>　<br>　夜の街を歩く。<br>　<br>　足は自然と、公園へ向かっていた。<br>　<br>　結衣と最後に話した場所。<br>　<br>　あの日、俺は何を言った？<br>　<br>　── 「いつか迎えに来るから」<br>　<br>　結局、迎えに来ることはできなかった。<br>　<br>　それなのに、こんなにも結衣のことばかり考えている。<br>　<br>　空を見上げる。<br>　<br>　星が、静かに瞬いていた。<br>　<br>　結衣が言ったように、俺も昔、願い事をしたことを思い出す。<br>　<br>　「この先も、ずっと一緒にいられますように」<br>　<br>　でも、もうその願いを叶えることはできない。<br>　<br>　俺は、何を願えばいいんだろう。<br>　<br>　スマホを取り出し、結衣とのメッセージを開く。<br>　<br>　最後に送られてきた「ありがとう」の文字が、画面に並んでいた。<br>　<br>　俺は、しばらく指を止めたまま、ゆっくりと打ち込んだ。<br>　<br>　「元気でな」<br>　<br>　それだけ。<br>　<br>　送信ボタンを押して、ポケットにしまう。<br>　<br>　もう、振り返らない。<br>　<br>　俺も、前に進まなきゃいけないんだ。<br>　<br>　結衣の言ったことを、今なら少し分かる気がした。<br>　<br>　願いは、叶わないから意味がないわけじゃない。<br>　<br>　── 俺はもう一度、夜空を見上げた。</p>



<p>少し滲んだ星が、静かな夜空の中で輝いていた。<br>　</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>
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		<title>『もう少しだけ』</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kei]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 09 Mar 2025 21:49:06 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[記憶のかけら]]></category>
		<category><![CDATA[青春]]></category>
		<category><![CDATA[片想い]]></category>
		<category><![CDATA[放課後]]></category>
		<category><![CDATA[夕暮れ]]></category>
		<category><![CDATA[恋愛小説]]></category>
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					<description><![CDATA[放課後、夕陽が窓ガラスを朱色に染めていた。 教室の空気は緩やかで、友達の話し声や椅子を引く音が混じり合っていた。 自分はまだ帰る準備をする気になれず、机に肘をつき、なんとなく外を眺めていた。 赤く染まった校庭の向こうで、 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<figure class="wp-block-image size-full"><img loading="lazy" decoding="async" width="720" height="360" src="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/5c9a5186521cc50fa1ace400f51560b5-3.jpeg" alt="" class="wp-image-2210" srcset="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/5c9a5186521cc50fa1ace400f51560b5-3.jpeg 720w, https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/5c9a5186521cc50fa1ace400f51560b5-3-300x150.jpeg 300w" sizes="(max-width: 720px) 100vw, 720px" /></figure>



<p>放課後、夕陽が窓ガラスを朱色に染めていた。</p>



<p>教室の空気は緩やかで、友達の話し声や椅子を引く音が混じり合っていた。</p>



<p>自分はまだ帰る準備をする気になれず、机に肘をつき、なんとなく外を眺めていた。</p>



<p>赤く染まった校庭の向こうで、部活の掛け声が響く。</p>



<p>そのとき、不意に声がした。</p>



<p>「……まだ帰らないの？」</p>



<p>声のほうを見ると、彼女だった。</p>



<p>普段はあまり話すことのない同級生。</p>



<p>けれど、席が近いせいか、なんとなく互いの存在を知っている、そんな距離感。</p>



<p>彼女の髪が夕陽を受けて、ほのかに光って見えた。</p>



<p>「もう少ししたら帰るよ」</p>



<p>そう答えると、彼女は少しだけ考えて——</p>



<p>「じゃあ、一緒に帰る？」そう言った。</p>



<p>一瞬、言葉が出なかった。</p>



<p>別に特別な意味はないのかもしれない。</p>



<p>たまたま帰る方向が同じなだけ。</p>



<p>けれど、こんなふうに彼女から誘われるのは初めてだった。</p>



<p>「……うん、いいよ」</p>



<p>そう答えると、彼女は微笑んで、先に鞄を肩にかけた。</p>



<p>その横顔は、いつもより少しだけ柔らかく見えた。<br>　<br>昇降口を抜けると、夕暮れの空気が肌に触れた。</p>



<p>まだ少しだけ暑さが残る季節だったけれど、夕方になると風が心地よかった。</p>



<p>二人で並んで歩く。</p>



<p>特に話すこともなく、互いの足音だけが響く。</p>



<p>こうして並んで歩くのは、きっと初めてだった。</p>



<p>それが妙にくすぐったくて、何か話さなきゃと思うのに、言葉が見つからない。</p>



<p>彼女はどんなことを考えているんだろう。</p>



<p>こうして誰かと帰ることなんて、彼女にとっては特別なことじゃないのかもしれない。</p>



<p>でも、自分にとっては——</p>



<p>「……いつも、こうやってのんびりしてるの？」</p>



<p>彼女がふいに口を開いた。</p>



<p>「え？」</p>



<p>「帰るの遅いよね。前にも、夕方まで残ってたの見たことある」</p>



<p>「あぁ……なんとなく、帰るタイミング逃すことが多くて」</p>



<p>「ふーん」</p>



<p>彼女はそれ以上何も言わずに歩く。</p>



<p>でも、どこか納得したような表情だった。</p>



<p>風が吹いた。</p>



<p>前を歩いていた小学生たちの自転車のベルの音が遠ざかっていく。</p>



<p>そのまま、二人の間にまた沈黙が落ちる。</p>



<p>だけど——嫌な感じはしなかった。</p>



<p>交差点の手前で、信号が赤に変わる。</p>



<p>二人は自然と足を止め、並んで立つ。</p>



<p>「……こうやって歩くの、なんか新鮮」</p>



<p>ぽつりと、彼女が言った。</p>



<p>「……そう？」</p>



<p>「うん。こういうの、あんまりないから」</p>



<p>「友達とは帰らないの？」</p>



<p>「帰るよ。でも、こうやって二人っていうのは、あんまりないかも」<br>　<br>信号が青に変わる。</p>



<p>歩き出すタイミングが少しずれて、自分が少し前に出る形になった。</p>



<p>そうしてまた、並ぶ。</p>



<p>校門を出てから、すれ違う人の数が増えてきた。</p>



<p>部活帰りの生徒や、自転車で駆け抜ける人たち。</p>



<p>その中で、自分たちは変わらず並んで歩いていた。</p>



<p>何を話せばいいのかわからなかった。</p>



<p>でも、不思議と気まずさはなかった。</p>



<p>むしろ、この静かさが心地よく思えた。</p>



<p>この時間が、もう少し続けばいいのに——</p>



<p>そんなことを、ふと考えた。</p>



<p>住宅街に入ると、彼女が「あ、ここで曲がる」と言った。</p>



<p>「あぁ」</p>



<p>「今日は、なんかありがと」</p>



<p>「え？」</p>



<p>「たぶん、一人だったらすぐ帰ってたから」<br>　<br>彼女はそう言って、小さく笑った。</p>



<p>「……うん」</p>



<p>何か、言葉を返したかったけれど、いい返事が思い浮かばなかった。</p>



<p>彼女が軽く手を上げて、家の方へ歩き出す。</p>



<p>その背中を見送ってから、もう一度歩き出した。</p>



<p>心なしか、夕暮れの空がいつもより広く感じた。<br>　<br>住宅街を抜けて、ひとりになった帰り道。</p>



<p>彼女と並んで歩いていた時間を思い出す。</p>



<p>特別な会話をしたわけじゃない。</p>



<p>でも、あの沈黙が心地よかったことだけは、はっきり覚えている。</p>



<p>ふと、ポケットに手を入れると、指先に触れたものがあった。</p>



<p>それを取り出してみる。</p>



<p>——飴玉。</p>



<p>彼女が、別れ際に何気なく差し出したもの。</p>



<p>「これ、いる？」と軽く聞かれて、なんとなく受け取った。</p>



<p>そのときは特に気にしていなかったけれど、今になって妙に気になった。</p>



<p>彼女は、あのとき何を考えていたんだろう。</p>



<p>なぜ、わざわざ自分にこれをくれたんだろう。</p>



<p>考えたところで答えは出ない。</p>



<p>でも、なんとなく——</p>



<p>また一緒に帰れるといいな。</p>



<p>そんなことを思った。<br>　</p>



<p>次の日。</p>



<p>いつもと同じ朝。</p>



<p>いつもと同じ教室。</p>



<p>けれど、なんとなく、彼女の存在が気になった。</p>



<p>意識していないつもりだった。</p>



<p>でも、視線が自然と彼女のほうへ向かってしまう。</p>



<p>気づかれたら恥ずかしいから、さりげなく。</p>



<p>それとなく。</p>



<p>「……」</p>



<p>彼女はいつも通り友達と話していた。</p>



<p>昨日と変わらない日常。</p>



<p>自分だけが、昨日を引きずっている気がした。</p>



<p>窓の外を見る。</p>



<p>晴れているのに、風は少し冷たい。</p>



<p>秋が近づいているんだろう。</p>



<p>昨日のことを、彼女は覚えているんだろうか。</p>



<p>それとも、何気ないこととして、もう忘れてしまったんだろうか。</p>



<p>そんなことを考えていると、不意に——</p>



<p>「おはよう」</p>



<p>彼女の声が聞こえた。</p>



<p>びくりと肩が跳ねる。</p>



<p>「……お、おはよう」</p>



<p>予想外のことに、ぎこちなくなった声。</p>



<p>彼女は特に気にすることもなく、にこりと微笑んで、自分の席へ戻った。</p>



<p>それだけのこと。</p>



<p>たったそれだけのことなのに、なぜか胸が騒いだ。</p>



<p>放課後。</p>



<p>昨日と同じ時間、同じ場所。</p>



<p>ふと、昇降口で靴を履き替えていると、彼女の姿が目に入った。</p>



<p>——昨日と同じように、一人だった。</p>



<p>「……」</p>



<p>少しだけ、迷う。</p>



<p>でも、自然と足が動いていた。</p>



<p>「今日も、一緒に帰る？」</p>



<p>気づけば、そう声をかけていた。</p>



<p>彼女は驚いたようにこちらを見て——</p>



<p>「……うん」</p>



<p>昨日と同じように、微笑んだ。</p>



<p>それだけで、今日の帰り道が少しだけ特別なものに思えた。</p>



<p>昨日より、ほんの少しだけ距離が縮まった気がした。</p>



<p>そして——</p>



<p>昨日より、もう少しだけ長く、この時間が続けばいいと思った。</p>



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			</item>
		<item>
		<title>『明日もきっと…』</title>
		<link>https://novel-room.online/tomorrow-too-im-sure/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[kei]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 09 Mar 2025 15:38:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[記憶のかけら]]></category>
		<category><![CDATA[恋愛]]></category>
		<category><![CDATA[放課後]]></category>
		<category><![CDATA[偶然の視線]]></category>
		<category><![CDATA[片思い]]></category>
		<category><![CDATA[青春]]></category>
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					<description><![CDATA[　昼休みが終わる少し前、教室内はざわめいていた。　誰かの笑い声が響き、廊下を走る音が遠くに聞こえる。机に突っ伏しているやつもいれば、まだ話し足りないのか、立ったまま談笑しているやつもいる。 　窓際の席で、何の気なしにペン [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<figure class="wp-block-image size-full"><img loading="lazy" decoding="async" width="568" height="284" src="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/07183afbe0c67d838d61f56ff6788b7a.jpeg" alt="" class="wp-image-2206" srcset="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/07183afbe0c67d838d61f56ff6788b7a.jpeg 568w, https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/07183afbe0c67d838d61f56ff6788b7a-300x150.jpeg 300w" sizes="(max-width: 568px) 100vw, 568px" /></figure>



<p>　昼休みが終わる少し前、教室内はざわめいていた。<br>　誰かの笑い声が響き、廊下を走る音が遠くに聞こえる。机に突っ伏しているやつもいれば、まだ話し足りないのか、立ったまま談笑しているやつもいる。</p>



<p>　窓際の席で、何の気なしにペンを指で転がす。<br>　ぼんやりと窓の外を眺める。</p>



<p>　ふと向かいの校舎の方へ目を向けると、視線がぶつかった。</p>



<p>　廊下を挟んだ向こう側。<br>　窓際に座っていた彼女も、こちらを見ていた。</p>



<p>　数秒間。</p>



<p>　ただ、それだけのことだったのに、心が小さく跳ねる。</p>



<p>　それは本当に、ただの偶然だったのか。<br>　それとも、向こうもこちらを見ていたのか——</p>



<p>　そんなことを考えた瞬間、チャイムが鳴った。</p>



<p>　ざわついていた教室が一気に慌ただしくなり、視線を戻したときには、もう彼女の姿はなかった。</p>



<p>　放課後、帰る支度をしながら、友人がふと声をかけてきた。</p>



<p>　「お前、最近よく外見てるよな」</p>



<p>　何気ない言葉に、心臓が僅かに揺れる。</p>



<p>　「……そうか？」</p>



<p>　「そうだよ。昼休みとか、窓際でぼんやりしてること多いし」</p>



<p>　「気のせいだろ」</p>



<p>　適当に笑ってごまかしながら、カバンを肩にかける。<br>　それ以上何か言われる前に、足早に教室を出た。</p>



<p>　帰り道、歩きながら今日のことを思い出す。</p>



<p>　偶然、視線が交わる。<br>　それだけのはずなのに、なぜか心がざわつく。</p>



<p>　名前も知らないし、話したこともない。<br>　けれど、なぜか目で追ってしまう。</p>



<p>　また明日、目が合うだろうか。<br>　そんなことを考えてしまう自分が、なんとなくおかしかった。</p>



<p>　空は夕焼けに染まり、地面に伸びた影がゆっくりと揺れる。<br>　風が吹いて、木々の葉が静かにざわめいた。</p>



<p>　「……考えすぎか」</p>



<p>　小さく息を吐くと、そのまま足を速めた。</p>



<p>　次の日、昼休み。</p>



<p>　いつもと変わらない日常。<br>　窓際の席に座り、何をするでもなく、ただ外を眺める。</p>



<p>　向かいの校舎を意識しているわけじゃない。<br>　そんなつもりはないのに、気づけば目がそちらへ向いている。</p>



<p>　誰かが窓際で友人と談笑しているのが見えた。<br>　教室の奥では、誰かが笑い声を上げる。</p>



<p>　けれど、探していた姿は、どこにもなかった。</p>



<p>　昨日の出来事は、やっぱりただの偶然だったのかもしれない。<br>　ほんの一瞬、視線が重なっただけ。</p>



<p>　それだけのことなのに。</p>



<p>　それだけのことなのに、今日もまた、目で追ってしまう。</p>



<p>　小さく息を吐いた、そのとき。</p>



<p>　廊下を歩く誰かの姿が目に入った。<br>　意識するより先に、その動きを目で追ってしまう。</p>



<p>　ゆっくりと歩く彼女の姿。<br>　友人と話しているのか、時折、小さく笑っていた。</p>



<p>　何気ない仕草、何気ない表情。<br>　昨日よりもずっと近くにいるのに、触れられない距離がもどかしい。</p>



<p>　気づかれるはずもないのに、心臓の音がわずかに早くなる。</p>



<p>　そのとき。</p>



<p>　彼女がふと、足を止めた。</p>



<p>　そして、ゆっくりと顔を上げる。</p>



<p>　視線が交わる。</p>



<p>　昨日よりも、ほんの少し長く目が合った。</p>



<p>　けれど、またしても、言葉は出なかった。<br>　何を言えばいいのかもわからないまま、ただ見つめることしかできなかった。</p>



<p>　彼女は、小さく瞬きをして、そして——</p>



<p>　ふっと、微笑んだ。</p>



<p>　その瞬間、心が強く揺れる。</p>



<p>　ほんの少し、世界が変わったような気がした。</p>



<p>　帰り道。</p>



<p>　いつもと同じ道を歩いているはずなのに、何かが違って見えた。</p>



<p>　足取りが軽いわけじゃない。<br>　何かが劇的に変わったわけでもない。</p>



<p>　けれど、心のどこかが、少しだけ浮ついている。</p>



<p>　昨日まではただの「偶然」だった。<br>　でも今日の視線は、どうだったのだろう。</p>



<p>　ほんの一瞬。</p>



<p>　それだけのことなのに、どうしてこんなにも心に残ってしまうのか。</p>



<p>　風が吹く。</p>



<p>　夕暮れの空を見上げると、雲がゆっくりと流れていく。</p>



<p>　また明日、目が合うだろうか。</p>



<p>　そう考えた瞬間、自分でも気づかないうちに、小さく笑っていた。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>
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		<item>
		<title>『夏の余韻』</title>
		<link>https://novel-room.online/summers-afterglow/</link>
					<comments>https://novel-room.online/summers-afterglow/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[kei]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 09 Mar 2025 14:52:26 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[記憶のかけら]]></category>
		<category><![CDATA[青春]]></category>
		<category><![CDATA[淡い恋]]></category>
		<category><![CDATA[祭り]]></category>
		<category><![CDATA[花火]]></category>
		<category><![CDATA[夏の終わり]]></category>
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					<description><![CDATA[　夜空に花火が咲いていた。　大きく広がった光がゆっくりと消えていく。 　浴衣姿の人が行き交う、夏の夜。　祭りの賑やかさに包まれていたはずなのに、今は少しだけ静かだった。 　さっきまで男友達と祭りを歩いていたが、偶然、女友 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<figure class="wp-block-image size-full"><img loading="lazy" decoding="async" width="720" height="360" src="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/5c9a5186521cc50fa1ace400f51560b5-2.jpeg" alt="" class="wp-image-2203" srcset="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/5c9a5186521cc50fa1ace400f51560b5-2.jpeg 720w, https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/5c9a5186521cc50fa1ace400f51560b5-2-300x150.jpeg 300w" sizes="(max-width: 720px) 100vw, 720px" /></figure>



<p>　夜空に花火が咲いていた。<br>　大きく広がった光がゆっくりと消えていく。</p>



<p>　浴衣姿の人が行き交う、夏の夜。<br>　祭りの賑やかさに包まれていたはずなのに、今は少しだけ静かだった。</p>



<p>　さっきまで男友達と祭りを歩いていたが、偶然、女友達に出会い、なんとなくそのまま一緒に回ることになった。</p>



<p>　けれど、気づけば周りにいたはずの友人たちは姿を消し、いつの間にか彼女と二人きりになっていた。</p>



<p>　「はぐれた……？」</p>



<p>　彼女がふと足を止める。</p>



<p>　辺りを見回してみるけれど、もう人波に紛れてしまっている。<br>　戻るにしても、この人混みじゃ見つけるのは難しそうだった。</p>



<p>　「どうする？」</p>



<p>　そう聞くと、彼女は小さく息をついた。</p>



<p>　「……まあ、待ってればそのうち見つけてくれるかもね」</p>



<p>　そう言って、少しだけ辺りを見回す。</p>



<p>「でも、この人混みじゃ、探すのも難しそう……」</p>



<p>　そう呟いたあと、彼女は「少し歩こうか」と言ってゆっくり歩き出した。</p>



<p>　つられて、自分も歩き出す。</p>



<p>　祭りの喧騒を抜けた道は、驚くほど静かだった。<br>　さっきまでの賑やかさが嘘みたいに、風の音だけが聞こえる。</p>



<p>　「……涼しいね」</p>



<p>　彼女が呟いた。</p>



<p>　そういえば、花火が終わった途端に風が変わった気がする。<br>　昼間の暑さが嘘みたいに、少し肌寒いくらいだった。</p>



<p>　隣を歩く彼女の浴衣の袖が揺れる。</p>



<p>　祭りの灯りが遠ざかるにつれ、少しずつ静寂が広がっていく。<br>　さっきまでいた場所が、どこか遠く感じる。</p>



<p>　こんなふうに、二人きりで歩くのは初めてだった。</p>



<p>　——妙に、心臓の音がうるさく感じる。</p>



<p>　「……さっき、射的やってたよね？」</p>



<p>　彼女が思い出したように言う。</p>



<p>　「見てたの？」</p>



<p>　「うん」</p>



<p>　少し恥ずかしくなる。<br>　結果は散々だったのに。</p>



<p>　「すごく真剣な顔してた」</p>



<p>　そう言って、彼女はふっと笑った。</p>



<p>　狙った景品は取れなかった。<br>　でも、こうして覚えていてくれたことが、少しだけ嬉しかった。</p>



<p>　「何が欲しかったの？」</p>



<p>　「……何でもよかった」</p>



<p>　本当はそうじゃない。<br>　でも、なんとなく言えなかった。</p>



<p>　「そっか」</p>



<p>　彼女はそれ以上何も聞かなかった。</p>



<p>　静かな夜道。</p>



<p>　このまま、もう少し歩いていたい気がした。</p>



<p>　「……もう少し、ゆっくり歩こうか」</p>



<p>　彼女のその言葉に、自然と足を緩めた。</p>



<p>　どうして、こんなにも心が揺れるのか。</p>



<p>　たぶん、答えはわかっている。</p>



<p>　でも、それを言葉にするのは、もう少しだけ先にしたかった。</p>



<p>　風が吹いた。</p>



<p>　浴衣の袖がふわりと揺れる。</p>



<p>　夜の静けさが、二人の距離をそっと包んでいた。</p>



<p>　人混みの中では気づかなかった、夜の匂いがふっと鼻をかすめる。</p>



<p>　ほんのりと、夏の終わりを感じさせるような、少し涼しい空気。</p>



<p>　「……もう秋だね」</p>



<p>　彼女が、ぽつりと呟いた。</p>



<p>　「そうだな」</p>



<p>　空を見上げる。<br>　花火の煙が風に流され、すっかり夜の闇が戻っていた。</p>



<p>　「夏って、あっという間に終わるよね」</p>



<p>　「毎年そう思うけど、また来年も同じこと言うんだろうな」</p>



<p>　「ふふ、たしかに」</p>



<p>　彼女が小さく笑った。</p>



<p>　それだけの会話なのに、なんとなく心が落ち着かない。</p>



<p>　理由はわかっていた。<br>　祭りの間は、たくさんの人がいたのに。<br>　今は、この道に二人きり。</p>



<p>　「さっき、ベビーカステラ買ってたよね？」</p>



<p>　「うん」</p>



<p>　袋の中に、まだ少し残っている。<br>　歩きながら、何気なく手を伸ばして一つ口に入れる。</p>



<p>　「美味しそう」</p>



<p>　彼女がぼそっと呟いた。</p>



<p>　なんとなく、袋を差し出してみる。</p>



<p>　「いる？」</p>



<p>　「えっ、いいの？」</p>



<p>　「まだ余ってるし」</p>



<p>　少しの間があってから、彼女が小さく手を伸ばした。<br>　袋の端をそっとつまんで、迷うように一つだけ取る。</p>



<p>　「……じゃあ、ひとつだけ」</p>



<p>　口元に運びながら、嬉しそうに目を細めた。</p>



<p>　「……美味しい」</p>



<p>　そう言って、もう一度笑う。</p>



<p>　その横顔を、ふと目で追った。</p>



<p>　いつもは、少し遠くから見ているだけだった。<br>　こんなふうに、近くで見ることなんてなかった。</p>



<p>　なのに——</p>



<p>　「……ん？」</p>



<p>　彼女が不思議そうにこちらを見る。</p>



<p>　しまった。<br>　見すぎていたかもしれない。</p>



<p>　「……いや、なんでもない」</p>



<p>　慌てて視線を逸らし、適当に誤魔化す。</p>



<p>　自分で思っていたよりも、ずっと意識してしまっていることに気づく。<br>　たぶん、さっきの花火のせいだ。<br>　そういうことにしておこう。</p>



<p>　ゆっくりと、彼女が歩き出す。</p>



<p>　「そろそろ戻ろうか」</p>



<p>　「……そうだな」</p>



<p>　今日が終わったら、きっとまたいつもの距離に戻るんだろう。</p>



<p>　友達と一緒に笑って、何もなかったように。</p>



<p>　きっと、来年も夏はあっという間に終わる。<br>　また、同じように祭りに行くかもしれない。</p>



<p>　そう思ったら、少しだけ——</p>



<p>　この静かな時間が、名残惜しくなった。</p>



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		<title>『消しゴムの名前』</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kei]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 09 Mar 2025 14:03:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[記憶のかけら]]></category>
		<category><![CDATA[片想い]]></category>
		<category><![CDATA[放課後]]></category>
		<category><![CDATA[淡い恋]]></category>
		<category><![CDATA[消しゴム]]></category>
		<category><![CDATA[青春]]></category>
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					<description><![CDATA[授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。 ガタガタと椅子を引く音、ざわめき、教室に広がる日常の音。机に肘をつきながら、なんとなく黒板を見つめる。 不意に名前を呼ばれ、顔を上げた。 先生が、手のひらに乗せた小さな消しゴムをか [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<figure class="wp-block-image size-full"><img loading="lazy" decoding="async" width="720" height="360" src="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/5c9a5186521cc50fa1ace400f51560b5-1.jpeg" alt="" class="wp-image-2200" srcset="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/5c9a5186521cc50fa1ace400f51560b5-1.jpeg 720w, https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/5c9a5186521cc50fa1ace400f51560b5-1-300x150.jpeg 300w" sizes="(max-width: 720px) 100vw, 720px" /></figure>



<p>授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。</p>



<p>ガタガタと椅子を引く音、ざわめき、教室に広がる日常の音。<br>机に肘をつきながら、なんとなく黒板を見つめる。</p>



<p>不意に名前を呼ばれ、顔を上げた。</p>



<p>先生が、手のひらに乗せた小さな消しゴムをかざしている。</p>



<p>「落とし物だ。名前が書いてあるぞ」</p>



<p>「ほら」と消しゴムを渡されるが、</p>



<p>（え？）</p>



<p>一瞬、理解が追いつかなかった。<br>けれど、教室のざわめきがピタリと止まり、数秒後には「おおー！」と興味をそそられたような反応が返ってくる。</p>



<p>「お前、名前書く派なの？」</p>



<p>「いやいや、違う。俺のじゃない」</p>



<p>慌てて否定した。</p>



<p>でも、確かにそこには自分の名前が書かれている。</p>



<p>手のひらサイズの、どこにでもある普通の消しゴム。<br>でも、文字の筆跡は見覚えのないものだった。</p>



<p>「じゃあ誰のだ？」</p>



<p>先生がもう一度教室を見渡す。</p>



<p>その瞬間、視線の端に彼女の姿が映った。</p>



<p>端の席。<br>普段あまり話すことのない、でも、いつもなんとなく目で追ってしまうあの子。</p>



<p>彼女が、一瞬だけ息をのむような仕草をした。</p>



<p>そして、小さく俯く。</p>



<p>「……」</p>



<p>偶然かもしれない。<br>でも、もしかして——</p>



<p>「とりあえず、持っておけ。持ち主がいたら返してやればいい」</p>



<p>先生はそう言って、消しゴムをポンと机に置いた。</p>



<p>周りから「お前のだろー！」「モテ期か？」なんて茶化されながら、無言でそれを手に取る。</p>



<p>小さな、何の変哲もない消しゴム。<br>だけど、それが今、妙に重たく感じられた。</p>



<p>放課後。</p>



<p>いつもより少し遅く教室を出た。<br>荷物をまとめながら、ポケットに入ったままの消しゴムを何度か指でなぞる。</p>



<p>——どうしよう。</p>



<p>返すべきなのか、それとも、このまま持っているべきなのか。</p>



<p>（……いや、何を考えてるんだ）</p>



<p>結局、自分の名前が書かれていた理由もわからないままだ。<br>それだけで何かを期待するのは、単なる勘違いかもしれない。</p>



<p>それでも——</p>



<p>「……あの」</p>



<p>廊下を歩いていると、不意に背後から小さな声がした。</p>



<p>振り向くと、そこに彼女がいた。</p>



<p>「……さっきの消しゴム、私の、なの」</p>



<p>その声は、どこか申し訳なさそうで、それでいて少しだけ緊張しているようにも聞こえた。</p>



<p>「え？」</p>



<p>思わず、聞き返してしまう。</p>



<p>「さっきの、落としちゃって……」</p>



<p>「……」</p>



<p>言葉の続きを待つ。<br>けれど、彼女は何かを言いかけて、それ以上は口を開かなかった。</p>



<p>ただ、じっとこちらを見ている。</p>



<p>「……そっか」</p>



<p>ポケットの中の消しゴムを取り出す。</p>



<p>「ほら」</p>



<p>そっと手のひらに乗せると、彼女は少し戸惑ったように、それを受け取った。</p>



<p>「……ありがとう」</p>



<p>消しゴムを持つ指先が、かすかに震えていた。</p>



<p>「……でもさ」</p>



<p>自分でも、なぜその言葉を口にしたのかはわからなかった。</p>



<p>「なんで俺の名前、書いてたの？」</p>



<p>彼女の表情が、一瞬ぴたりと固まる。</p>



<p>そして——</p>



<p>「それは……」</p>



<p>何かを言おうとした、けれど。</p>



<p>「……なんでもない」</p>



<p>小さく息を吐いて、ふっと笑った。</p>



<p>「気にしないで」</p>



<p>そう言って、彼女は軽く頭を下げて、足早に去っていった。</p>



<p>その後ろ姿を、ぼんやりと見送った。</p>



<p>結局、理由は聞けなかった。<br>でも、それでもいい気がした。</p>



<p>名前が書かれた理由は——</p>



<p>彼女が去ったあと、しばらくの間、その場を動けなかった。</p>



<p>消しゴムをそっと握りしめた彼女の指先。<br>「気にしないで」と笑ったあの表情。</p>



<p>あれが本当に、ただの「なんでもない」ことだったのだろうか。</p>



<p>——気になる。</p>



<p>でも、それ以上に、これ以上何かを聞いたらいけないような気もした。</p>



<p>彼女が言葉を選んで、そう言ったのだから。</p>



<p>……これで終わり？</p>



<p>そう思おうとしたのに、なぜか心の奥に、小さな引っかかりが残る。</p>



<p>次の日。</p>



<p>教室に入ると、何となく彼女の方を見てしまった。</p>



<p>席は少し離れている。<br>普段なら気にすることもないのに、今日は無意識に視線が向く。</p>



<p>彼女は、いつもと変わらない様子だった。</p>



<p>友達と話しながら笑い、時々頷いたり、窓の外を眺めたり。<br>それは、昨日までと同じ彼女だった。</p>



<p>でも、たった一つだけ違ったのは——</p>



<p>机の上に、昨日の消しゴムが置かれていたこと。</p>



<p>さりげなく視線を戻す。<br>気にしすぎるのも変だ。</p>



<p>でも、どうしてだろう。</p>



<p>消しゴムの向きが、妙に気になった。</p>



<p>普通、机に置くなら、何気なく転がしておくだろう。</p>



<p>けれど、その消しゴムはまっすぐに置かれていた。<br>まるで、それを持ち主に見てもらうことを期待しているかのように。</p>



<p>その白い表面に、昨日と同じように——<br>自分の名前が書かれている。</p>



<p>昼休み。</p>



<p>どうしようもなく気になって、結局彼女の近くを通ってみた。</p>



<p>すると、ふとした瞬間、彼女と目が合った。</p>



<p>彼女は一瞬、驚いたように目を瞬かせ——</p>



<p>それから、ゆっくりと笑った。</p>



<p>それは、昨日よりもほんの少しだけ、柔らかい笑顔だった。</p>



<p>「……ねぇ」</p>



<p>彼女が声をかけてきたのは、その帰り道だった。</p>



<p>「昨日のことだけど……」</p>



<p>立ち止まる。</p>



<p>彼女も足を止めて、少し考えるように空を見上げた。</p>



<p>「やっぱり、言っておこうかな」</p>



<p>そう言って、ポケットから昨日の消しゴムを取り出した。</p>



<p>「これね、別に落としたんじゃなくて……本当は、大事に持ってたの」</p>



<p>消しゴムをそっと両手で包み込む。</p>



<p>「でも、名前、見られちゃったよね」</p>



<p>「……あぁ」</p>



<p>「だから、もう隠すのは無理かなって思って」</p>



<p>彼女は、少しだけ困ったように笑った。</p>



<p>「恋のおまじない、知ってる？」</p>



<p>「……ん？」</p>



<p>「好きな人の名前を消しゴムに書いて、それを最後まで使い切ると……願いが叶うってやつ」</p>



<p>「……あぁ」</p>



<p>聞いたことはあった。<br>でも、まさか、そんな話が今ここで出るとは思わなかった。</p>



<p>「それで……」</p>



<p>彼女は、少しだけ目を伏せる。</p>



<p>「これ、私が書いたんだ」</p>



<p>自分の名前が書かれた消しゴムを、そっと差し出した。</p>



<p>「……」</p>



<p>何かを言わなきゃいけない。</p>



<p>そう思うのに、言葉が出てこなかった。</p>



<p>「だから、昨日はびっくりして、つい誤魔化しちゃったけど……でも、もういいかなって思って」</p>



<p>「……」</p>



<p>彼女が、ふっと笑う。</p>



<p>「だって、もうバレちゃったし」</p>



<p>そう言って、消しゴムを指先でくるりと回した。</p>



<p>「……ごめんね、変なことして」</p>



<p>「……」</p>



<p>言葉を探す。</p>



<p>でも、何を言えばいいのか、わからなかった。</p>



<p>ただ、彼女の手の中にある消しゴムを見つめることしかできなかった。</p>



<p>「もし、迷惑じゃなかったら……」</p>



<p>一瞬、躊躇うようにして。</p>



<p>でも、彼女はそれでも、勇気を出したように言った。</p>



<p>「このまま、持っていてもいい？」</p>



<p>「……」</p>



<p>答えは、決まっていた。</p>



<p>「……あぁ」</p>



<p>自然と口からこぼれた言葉に、彼女は嬉しそうに微笑んだ。</p>



<p>「よかった」</p>



<p>そう言って、彼女は消しゴムをそっとポケットにしまう。</p>



<p>そして、いつも通りの笑顔で「じゃあ、また明日」と言って、軽く手を振った。</p>



<p>「……あぁ」</p>



<p>彼女の背中を見送る。</p>



<p>そのポケットの中に、まだ名前が書かれたままの消しゴムがあることを思いながら。</p>



<p>「……」</p>



<p>なんとなく、自分の手がポケットの中の鍵を探した。</p>



<p>きゅっと握りしめる。</p>



<p>それは、いつもと変わらない手の感触だったはずなのに、なぜか今日だけは少し違って感じた。</p>



<p>それが何なのかは、まだわからない。</p>



<p>ただ、彼女がポケットにしまった小さな消しゴムのように——</p>



<p>その気持ちも、そっと胸の奥にしまっておこうと思った。</p>



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		<title>『小さな落とし物』</title>
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		<dc:creator><![CDATA[kei]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 08 Mar 2025 12:36:50 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[記憶のかけら]]></category>
		<category><![CDATA[青春]]></category>
		<category><![CDATA[恋愛]]></category>
		<category><![CDATA[片想い]]></category>
		<category><![CDATA[放課後]]></category>
		<category><![CDATA[淡い恋]]></category>
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					<description><![CDATA[小さな落とし物 放課後の教室は、昼間の賑やかさを忘れたように静かだった。 机と椅子が無造作に並び、窓の外から吹き込む風がカーテンをゆるく揺らしている。掃除当番を終えて荷物をまとめたあと、ふと廊下に目をやる。 ——彼女がい [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<figure class="wp-block-image size-full"><img loading="lazy" decoding="async" width="720" height="360" src="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/5c9a5186521cc50fa1ace400f51560b5.jpeg" alt="" class="wp-image-2132" srcset="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/5c9a5186521cc50fa1ace400f51560b5.jpeg 720w, https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/5c9a5186521cc50fa1ace400f51560b5-300x150.jpeg 300w" sizes="(max-width: 720px) 100vw, 720px" /></figure>



<p>小さな落とし物</p>



<p>放課後の教室は、昼間の賑やかさを忘れたように静かだった。</p>



<p>机と椅子が無造作に並び、窓の外から吹き込む風がカーテンをゆるく揺らしている。<br>掃除当番を終えて荷物をまとめたあと、ふと廊下に目をやる。</p>



<p>——彼女がいる。</p>



<p>数人の友達と話している姿が、半開きのドアの隙間から見えた。</p>



<p>彼女は、クラスでも目立つ存在だった。</p>



<p>勉強ができるとか、運動が得意とか、そういうわけじゃない。<br>けれど、いつも誰かの中心にいて、自然と視線を集めるような子だった。</p>



<p>特別、意識していたわけじゃない。<br>話すこともほとんどないし、隣の席になったこともない。</p>



<p>なのに、気づけば目で追っている自分がいる。<br>彼女が笑うと、まるで周りの空気が少しだけ柔らかくなるようだった。</p>



<p>教室を出て廊下を歩く。<br>彼女のすぐ横を通り過ぎる瞬間、ふと足元に何かが落ちているのが見えた。</p>



<p>小さな、黒いヘアゴム。</p>



<p>彼女のものかどうかは分からなかった。<br>けれど、さっきまで髪を結んでいたのに、今はほどけているのが目に入る。</p>



<p>「あ！」</p>



<p>気づいたのか、彼女が髪をかき上げる仕草をした。<br>その指先が、いつもより少し寂しげに見えた。</p>



<p>拾って、声をかけようか——。</p>



<p>一瞬、迷う。<br>目の前には、彼女の友達がいる。<br>自分が話しかけたら、変に思われるかもしれない。</p>



<p>結局、その場では何もできず、ヘアゴムだけをそっとポケットにしまった。</p>



<p>帰り道の途中、ポケットの中のヘアゴムを指先で転がす。<br>どうして拾ったんだろう。<br>渡せばよかったのに、気づかないふりをしてしまった。</p>



<p>もし、明日も彼女が髪を結んでいなかったら、やっぱり必要だったのかもしれない。<br>でも、落としたことすら気づいていないかもしれない。</p>



<p>どうすればいいんだろう。</p>



<p>ただのヘアゴム。<br>それなのに、ポケットにあるだけで、妙に気にかかる。</p>



<p>次の日。</p>



<p>彼女は、昨日と変わらず髪を結んでいた。<br>昨日と同じように、無造作にまとめられたポニーテール。<br>新しいヘアゴムを使ったのか、それとも誰かから借りたのか。</p>



<p>もし、このまま渡さなかったら、別に困ることはないんだろうな。<br>そう思うと、余計に渡しそびれてしまう。</p>



<p>授業の合間、ちらりと彼女の方を見た。<br>窓際の席で、友達と小さな声で話している。<br>時折、窓の外に目を向けては、頬杖をつく。</p>



<p>あのヘアゴムは、本当に彼女のものだったんだろうか。<br>確信が持てないまま、またポケットの中で指先がそれをなぞる。</p>



<p>放課後、彼女が教室を出るタイミングを見計らう。<br>何かのついでのように、さりげなく渡せればいい。</p>



<p>けれど、そんな都合のいいタイミングはなかなか訪れなかった。</p>



<p>自分が帰るころには、彼女の姿はもうどこにもなかった。</p>



<p>帰宅して、机の上にヘアゴムを置く。<br>まるで自分のものみたいに、そこにあるのが変な気分だった。</p>



<p>渡せないまま、二日が過ぎた。</p>



<p>たったそれだけのことなのに、気持ちがもやもやと落ち着かない。<br>手元にある限り、ずっと気にしてしまいそうだった。</p>



<p>——明日こそは、渡そう。</p>



<p>そんなことを考えながら、眠りについた。</p>



<p>次の日。</p>



<p>ヘアゴムをポケットに入れて、何度も指先で確かめる。<br>今日こそは渡そう。そう決めたはずなのに、思っていたより簡単じゃない。</p>



<p>授業中、机の上に頬杖をつきながら彼女の方をちらりと見る。<br>何かを考えているように、ぼんやりと窓の外を眺めていた。</p>



<p>窓からの光が髪に映えて、ゆるく結ばれたポニーテールがそよぐ。<br>新しいヘアゴムを使っているのか、昨日と変わらない後ろ姿。</p>



<p>（……もう、渡さなくてもいいのかも）</p>



<p>そんな考えがよぎる。</p>



<p>彼女が困っている様子はない。<br>落としたことすら気にしていないのかもしれない。</p>



<p>だったら、わざわざ渡す必要なんて——。</p>



<p>放課後、なんとなく教室に残る。</p>



<p>彼女は友達と談笑しながら、ゆっくりと荷物をまとめていた。<br>特に急ぐわけでもなく、帰るタイミングを見計らっているようにも見えた。</p>



<p>本当なら、その間に声をかければよかったのかもしれない。<br>けれど、彼女の友達がすぐ隣にいるだけで、気軽に話しかけることはできなかった。</p>



<p>「じゃあ、また明日ね！」</p>



<p>彼女は友達に手を振り、教室を出て行った。</p>



<p>その後ろ姿を目で追う。</p>



<p>気づけば、また渡しそびれていた。</p>



<p>帰り道。</p>



<p>もう空は薄暗くなり始めていた。<br>秋の夕暮れは短く、気温も少し肌寒くなっている。</p>



<p>結局、今日も渡せなかったな——。<br>そう思いながら歩いていると、前方に見慣れた後ろ姿があった。</p>



<p>彼女だった。</p>



<p>一人で歩いている。<br>いつも友達と一緒なのに、珍しい。</p>



<p>渡すなら、今かもしれない。</p>



<p>歩幅を少し早める。</p>



<p>「……」</p>



<p>声をかけるタイミングを探すが、うまく言葉が出てこない。</p>



<p>ポケットの中で、ヘアゴムをそっと撫でる。<br>たったこれだけのことで、どうしてこんなに迷うんだろう。</p>



<p>ふと、彼女が立ち止まった。</p>



<p>何かを探すように、足元を見つめる。</p>



<p>もしかして——。</p>



<p>小さく息を吸って、思い切って声をかけた。</p>



<p>「……これ、落とした？」</p>



<p>そう言って、ポケットからヘアゴムを取り出す。</p>



<p>彼女がこちらを向いた。</p>



<p>一瞬、驚いたような表情をした後、ヘアゴムを見て目を瞬かせる。</p>



<p>「あ……」</p>



<p>手を伸ばして、そっとそれを受け取った。</p>



<p>「ありがと。……どこで拾ったの？」</p>



<p>「教室の前で。多分、落としたんじゃないかと思って……」</p>



<p>「そっか……気づかなかった」</p>



<p>彼女はヘアゴムを指で弄びながら、小さく笑った。</p>



<p>「でも、なんで持ってたの？」</p>



<p>鋭い質問だった。</p>



<p>「いや……その、すぐ渡せばよかったんだけど……」</p>



<p>言葉を濁すと、彼女はくすっと笑う。</p>



<p>「もしかして、ずっと持ってた？」</p>



<p>からかうような口調。</p>



<p>「……まぁ、そんな感じ」</p>



<p>正直に答えると、彼女は少しだけ驚いた顔をした。</p>



<p>「そっか」</p>



<p>それだけ言って、視線を落とす。</p>



<p>その後、しばらく沈黙が続いた。</p>



<p>何か話さなきゃと思いながらも、何を言えばいいのかわからない。</p>



<p>そうしているうちに、彼女がゆっくりと歩き出した。</p>



<p>「……じゃあね」</p>



<p>そう言って、小さく手を振る。</p>



<p>いつもより少しだけ、ゆっくりと。</p>



<p>「……ああ」</p>



<p>そう返して、彼女の背中を見送った。</p>



<p>ポケットの中には、もうヘアゴムはない。</p>



<p>ただ、それだけのことなのに。</p>



<p>どこか、胸の奥がふわりと揺れる気がした。</p>



<p>それが何なのかは、まだよくわからない。</p>



<p>次の日。</p>



<p>授業中、ぼんやりと窓の外を眺めていた。</p>



<p>昨日のことが頭から離れない。</p>



<p>手を振っていた彼女の後ろ姿、ほんの少し驚いたような表情。</p>



<p>「もしかして、ずっと持ってた？」</p>



<p>その言葉を思い出すたび、胸の奥が妙にざわつく。</p>



<p>渡すだけのつもりだったのに。</p>



<p>どうして、こんなに気になるんだろう。</p>



<p>昼休み。</p>



<p>いつものように、友達と他愛のない会話をしていた。</p>



<p>ふと、教室の入り口の方で、彼女の姿が見えた。</p>



<p>「おーい！」</p>



<p>隣の席の子が、彼女に手を振る。</p>



<p>彼女は小さく微笑んで、軽く手を振り返した。</p>



<p>その横顔を、つい目で追ってしまう。</p>



<p>そんな自分に気づき、少しだけ息をつく。</p>



<p>（……なんなんだ、これ）</p>



<p>ただのヘアゴムひとつ。</p>



<p>それを渡しただけなのに、こんなにも意識してしまうのが不思議だった。</p>



<p>放課後。</p>



<p>帰り支度をしながら、何気なく教室の外を覗いた。</p>



<p>彼女がいた。</p>



<p>廊下で友達と談笑しながら、髪を結び直している。</p>



<p>手に持っているのは——昨日、渡したヘアゴムだった。</p>



<p>思わず、心臓が跳ねる。</p>



<p>（使ってる……？）</p>



<p>自分でも驚くほど、小さなことで嬉しくなった。</p>



<p>でも、すぐに気づく。</p>



<p>彼女が結んだ髪を、友達が軽く引っ張っていた。</p>



<p>「それ、昨日のやつ？」</p>



<p>「うん、落としたやつ。拾ってくれたみたいで」</p>



<p>「へぇ〜、よかったね」</p>



<p>「うん」</p>



<p>彼女は少しだけ笑った。</p>



<p>どこか、昨日より柔らかい表情に見えた。</p>



<p>帰り道。</p>



<p>昨日と同じ時間、同じ道。</p>



<p>だけど、今日は彼女の姿はなかった。</p>



<p>代わりに、昨日のことを思い出していた。</p>



<p>「……ありがと」</p>



<p>それだけの言葉だったのに。</p>



<p>こんなにも記憶に残るなんて。</p>



<p>自分でも、思っていたより単純なのかもしれない。</p>



<p>だけど——。</p>



<p>それでいい、そう思った。</p>



<p>次の日も、また次の日も。</p>



<p>彼女の髪には、昨日渡したヘアゴムがあった。</p>



<p>それを目にするたび、小さく心が動く。</p>



<p>特別な言葉を交わしたわけでもない。</p>



<p>それなのに、不思議と忘れられない。</p>



<p>彼女の後ろ姿を、目で追いながら思う。</p>



<p>（……たぶん、これがはじまりなんだろうな）</p>



<p>名前を呼んだこともない。</p>



<p>二人で話したことなんて、ほとんどない。</p>



<p>それでも、彼女を目で追う時間が、少しずつ増えていく。</p>



<p>そんな自分に気づいてしまった。</p>



<p>だけど、それを認めるのは、もう少し先でいい気がした。</p>



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		<item>
		<title>『窓越しの君』</title>
		<link>https://novel-room.online/you-through-the-window/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[kei]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 06 Mar 2025 17:43:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[記憶のかけら]]></category>
		<category><![CDATA[淡い恋]]></category>
		<category><![CDATA[窓越し]]></category>
		<category><![CDATA[青春]]></category>
		<category><![CDATA[片想い]]></category>
		<category><![CDATA[放課後]]></category>
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					<description><![CDATA[放課後、何となく窓の外を眺めるのが習慣になっていた。 理由なんてない。 授業の終わり、机に置いた手を少し伸ばして、ぼんやりと外を見る。 グラウンドでは部活の掛け声が響き、昇降口の前には帰る準備をする生徒たちがいる。 その [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<figure class="wp-block-image size-full"><img loading="lazy" decoding="async" width="720" height="360" src="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/874c4df3ce10145522987857a62a4136.jpeg" alt="" class="wp-image-2122" srcset="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/874c4df3ce10145522987857a62a4136.jpeg 720w, https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/874c4df3ce10145522987857a62a4136-300x150.jpeg 300w" sizes="(max-width: 720px) 100vw, 720px" /></figure>



<p>放課後、何となく窓の外を眺めるのが習慣になっていた。</p>



<p>理由なんてない。</p>



<p>授業の終わり、机に置いた手を少し伸ばして、ぼんやりと外を見る。</p>



<p>グラウンドでは部活の掛け声が響き、昇降口の前には帰る準備をする生徒たちがいる。</p>



<p>その中に、彼女の姿を見つけた。</p>



<p>特に気にしていたわけじゃない。</p>



<p>ただ、目についた。</p>



<p>いつの間にか、視線が追っていた。</p>



<p>成績もいいし、運動もできる。<br>何より、可愛い。</p>



<p>彼女はいつも誰かと一緒にいて、笑っている。</p>



<p>ただ、それだけのこと。</p>



<p>なのに、いつの間にか目で追ってしまう。</p>



<p>探してしまう自分に、少しだけ戸惑う。</p>



<p>＊</p>



<p>ある日、いつものように窓の外を見ていた。</p>



<p>昇降口の前、彼女が友達と並んで歩いている。</p>



<p>そして、不意に足を止めた。</p>



<p>誰かを探すように、視線を上げる。</p>



<p>──え？</p>



<p>次の瞬間、彼女は小さく手を振った。</p>



<p>窓越しに、まっすぐこちらへ向けて。</p>



<p>風が吹いて、彼女の髪が揺れる。</p>



<p>友達が驚いたように隣を見ている。</p>



<p>「え、誰に？」</p>



<p>聞こえなくても、口の動きでわかった。</p>



<p>彼女は軽く笑って、そのまま歩き出した。</p>



<p>何もなかったように。</p>



<p>でも、こっちはそうはいかなかった。</p>



<p>胸の奥が、ざわついた。</p>



<p>──今のは、偶然か？</p>



<p>いや、違う。</p>



<p>彼女の手は、確かにこっちに向けられていた。</p>



<p>思い違いじゃない。</p>



<p>そう思うほどに、心臓の音が大きくなる。</p>



<p>放課後、なんとなく窓の外を眺める。</p>



<p>それは、ただの習慣だったはずなのに。</p>



<p>たった一度、手を振られただけで、意味を持ち始めた。</p>



<p>あの日以来、放課後の窓際は、ただの習慣ではなくなった。</p>



<p>授業が終わり、机に置いた手を少し伸ばして、外を見る。</p>



<p>グラウンドでは部活の掛け声が響き、昇降口の前には帰る準備をする生徒たちがいる。</p>



<p>彼女の姿を探す。</p>



<p>自分でも驚くほど、すぐに見つけられた。</p>



<p>たぶん、前からそうだったんだろう。</p>



<p>無意識のうちに、視線で追っていた。</p>



<p>その日も、彼女は友達と歩いていた。</p>



<p>笑いながら話している。</p>



<p>眩しいくらいに、楽しそうだった。</p>



<p>──だけど、一瞬だけ。</p>



<p>ほんの一瞬、彼女の視線が上がる。</p>



<p>そして、また。</p>



<p>小さく、手を振った。</p>



<p>昨日と同じように。</p>



<p>「……っ」</p>



<p>鼓動が早くなるのを感じた。</p>



<p>きっと、思い違いじゃない。</p>



<p>彼女は、窓の向こうにいる自分を見つけている。</p>



<p>だけど、どうして？</p>



<p>なぜ、手を振るんだろう。</p>



<p>友達は、やっぱり不思議そうに彼女を見ている。</p>



<p>「誰に？」</p>



<p>彼女は、それに答えず、小さく笑って歩き出した。</p>



<p>＊</p>



<p>意識するようになってから、些細なことが気になるようになった。</p>



<p>彼女と同じクラスの友達が、楽しそうに話しているのを見た。</p>



<p>彼女の名前が出ると、つい耳が傾く。</p>



<p>些細な情報に、いちいち反応する自分がいる。</p>



<p>それだけじゃない。</p>



<p>廊下でたまたますれ違うとき、どうしたらいいのかわからなくなる。</p>



<p>目が合っても、すぐに逸らしてしまう。</p>



<p>向こうは何も気にしていないのかもしれない。</p>



<p>でも、もし。</p>



<p>もし、彼女も意識していたら。</p>



<p>──そんなことを考えてしまう。</p>



<p>そういう目で見ると、彼女はやっぱり特別だった。</p>



<p>クラスの誰とでも仲が良くて、話しているときは楽しそうで。</p>



<p>それでいて、ふとしたとき、どこか遠くを見ていることがある。</p>



<p>何を考えているんだろう。</p>



<p>何を見ているんだろう。</p>



<p>＊</p>



<p>ある日、窓際に座ると、雨の匂いがした。</p>



<p>天気は曇り。</p>



<p>もうすぐ降り出しそうな、湿った空気。</p>



<p>昇降口の前には、傘を持っている生徒がちらほら。</p>



<p>彼女も、その中にいた。</p>



<p>手には折りたたみ傘。</p>



<p>友達と話しながら、それを広げる。</p>



<p>そして、また。</p>



<p>一瞬だけ、こちらを見上げた。</p>



<p>窓越しに、静かに見つめ合う。</p>



<p>手は振らなかった。</p>



<p>でも、それだけで十分だった。</p>



<p>雨が降り出す。</p>



<p>音もなく、静かに。</p>



<p>彼女はゆっくりと傘を開いた。</p>



<p>友達と並んで歩き出す。</p>



<p>自分は、その背中をただ見つめていた。</p>



<p>＊</p>



<p>「誰かを、好きになるって、どんな感じなんだろう」</p>



<p>そう思ったのは、たぶんこのときが初めてだった。</p>



<p>この気持ちは、何かの名前をつけられるものなのか。</p>



<p>それとも、ただの偶然が積み重なっただけなのか。</p>



<p>──もし、窓越しの手が、最初からなかったら。</p>



<p>自分は、彼女を意識することはなかったのかもしれない。</p>



<p>だけど。</p>



<p>たった一度、振られた手が。</p>



<p>視線が。</p>



<p>心のどこかに、静かに残ってしまった。</p>



<p>＊</p>



<p>それから何度か、窓越しに視線が合うことはあった。</p>



<p>彼女は何も言わず、ただ、少しだけ笑ったり、視線をそらしたりした。</p>



<p>自分も、何もできなかった。</p>



<p>言葉にしないまま、過ぎていく時間。</p>



<p>季節が変わる頃、ふと気づくと、あの時間はもうなかった。</p>



<p>彼女を目で追うことも、窓越しに視線を交わすことも、もうなくなっていた。</p>



<p>何もなかったように。</p>



<p>まるで最初から、そんな時間が存在しなかったみたいに。</p>



<p>だけど。</p>



<p>今でも、ふとした瞬間に思い出す。</p>



<p>放課後、窓の向こうにいた彼女の姿を。</p>



<p>何も言わずに、ただ小さく手を振った、その瞬間を。</p>



<p>きっと、忘れられないままなんだと思う。</p>



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		<item>
		<title>『お似合いのふたり』</title>
		<link>https://novel-room.online/a-perfect-couple/</link>
					<comments>https://novel-room.online/a-perfect-couple/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[kei]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 02 Mar 2025 13:34:12 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[オーバーステップ！]]></category>
		<category><![CDATA[青春]]></category>
		<category><![CDATA[恋愛]]></category>
		<category><![CDATA[ハンドボール]]></category>
		<category><![CDATA[儚いひととき]]></category>
		<category><![CDATA[片想い]]></category>
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					<description><![CDATA[　体育館の空気には、まだ今日の練習の熱が残っていた。　ハンドボール部のメンバーたちは、それぞれ荷物をまとめたり、ストレッチをしたり、談笑しながら帰り支度をしている。 　そんな中、俺――悠斗は、いつものようにバッグを肩にか [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<figure class="wp-block-image size-full"><img loading="lazy" decoding="async" width="720" height="360" src="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/aad333ac8ccf42ae52ca042e3916924c.jpeg" alt="" class="wp-image-2120" srcset="https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/aad333ac8ccf42ae52ca042e3916924c.jpeg 720w, https://novel-room.online/wp-content/uploads/2025/03/aad333ac8ccf42ae52ca042e3916924c-300x150.jpeg 300w" sizes="(max-width: 720px) 100vw, 720px" /></figure>



<p>　体育館の空気には、まだ今日の練習の熱が残っていた。<br>　ハンドボール部のメンバーたちは、それぞれ荷物をまとめたり、ストレッチをしたり、談笑しながら帰り支度をしている。</p>



<p>　そんな中、俺――悠斗は、いつものようにバッグを肩にかけながら出口へと向かっていた。</p>



<p>「悠斗、一緒に帰ろう」</p>



<p>　振り返ると、菜月がいつも通りの自然な様子で立っていた。<br>　これも、いつものこと。</p>



<p>「ああ、いいぞ」</p>



<p>　当たり前のようにそう返した瞬間――<br>　<br>　「あの二人って、いつも一緒に帰ってない？」</p>



<p>　近くで話していた部員の声が耳に入った。<br>　<br>　「もしかして、付き合ってる？」</p>



<p>　――ゴホッ。</p>



<p>　不意に咳き込んだ俺は、思わず菜月の顔を見た。<br>　彼女は普段通りの表情をしているけど、ほんの一瞬、ピクリと肩が動いたのを見逃さなかった。</p>



<p>　部員たちは悪気なくヒソヒソと話し続けている。</p>



<p>　「まぁ、お似合いだしな」<br>　「そろそろ正式にそういう関係になったりして」</p>



<p>「……っ」</p>



<p>　なんか、すげぇ気まずい。<br>　菜月と一緒に帰るのは別に普通のことなのに、そう言われると変に意識してしまう。<br>　いやいや、俺が意識するのもおかしいだろ。</p>



<p>「な、なぁ圭吾」</p>



<p>　唐突に、俺は近くで着替えていた圭吾に助けを求めた。<br>　<br>「お前も帰るだろ？ 一緒に帰ろうぜ」</p>



<p>「え？」</p>



<p>　圭吾は驚いたように俺を見たあと、ニヤッと笑う。</p>



<p>「いや、俺、今日は陽菜と二人っきりで仲良く帰るから無理だよ」</p>



<p>「は！？ いやいや、何言ってんの！？」</p>



<p>　振り返ると、陽菜が赤くなって抗議していた。</p>



<p>「仲良くじゃない！！ 圭吾が勝手についてくるだけ！」</p>



<p>「ひどくね？ 俺、ちゃんとお前の荷物持ってやるのに」</p>



<p>「それは応援用のグッズとか持ち帰るのが大変だからでしょ！？」</p>



<p>　陽菜の反論に、俺は「え？」と首を傾げた。</p>



<p>「応援グッズ？」</p>



<p>「そうそう」</p>



<p>　圭吾はふざけた口調で陽菜のバッグをポンと叩いた。</p>



<p>「試合前だから、陽菜は応援の準備してんの。で、それを家まで持ち帰るのが大変だから、俺が手伝ってあげてんの」</p>



<p>「そ、そういうこと」</p>



<p>　陽菜はむすっとしながらバッグを抱え直す。<br>　ふと気づけば、菜月がその様子をじっと見つめていた。</p>



<p>「なら、私も手伝うよ」</p>



<p>　そう言って菜月が陽菜のほうへ歩み寄ると、陽菜は「えっ」と少し戸惑った顔をした。</p>



<p>「え、いいよ！？ そんな、わざわざ……」</p>



<p>「いいって。試合前はみんなで頑張るんだから、マネージャーだけに負担かけるのも変でしょ」</p>



<p>　菜月がそう言うと、俺も思わず「まぁ、俺も手伝うわ」と言葉を継いでいた。</p>



<p>「え、悠斗まで？」</p>



<p>「圭吾に全部任せると、あとで『俺が全部やった』って大げさに言いふらされそうだし」</p>



<p>「おいおい、信用ねぇな！」</p>



<p>　圭吾が苦笑いする中、俺たちは自然な流れで四人で帰ることになった。</p>



<p>　こうして、俺たちは学校を出た。<br>　もともと、俺と菜月は一緒に帰ることが多いし、陽菜と圭吾も割とそういうことがある。<br>　だけど、こうして四人で一緒に帰るのは、なんとなく新鮮だった。</p>



<p>　駅へ向かう道の途中、圭吾が不意に口を開く。</p>



<p>「なぁ、陽菜。俺って、マネージャーからの評価どんな感じ？」</p>



<p>「は？」</p>



<p>「こうして荷物持ったりしてるんだから、そろそろ**『圭吾くん、優しい』とか言われる頃じゃね？」」</p>



<p>「いや、普通に感謝はしてるよ」</p>



<p>　陽菜は淡々と答える。</p>



<p>「けど、それをいちいち言葉にしないとダメ？」</p>



<p>「ちょっと待て、それだと俺が『感謝しろ』って言わせてるみたいじゃん！」</p>



<p>「違うの？」</p>



<p>「違うわ！」</p>



<p>　圭吾の必死な訴えに、俺と菜月は思わず笑った。</p>



<p>　そんなふざけたやり取りをしながら、ふと菜月が何気なく陽菜の様子を盗み見る。</p>



<p>（……なんか、陽菜って、前より圭吾に対して優しくなった？）</p>



<p>　これまではもっと遠慮なくツッコんだり、はっきりした態度をとっていたような気がする。<br>　それが、今日はどこか柔らかいというか……。</p>



<p>（気のせい……かな？）</p>



<p>　菜月は何も言わず、ただその様子を眺めながら歩き続けた。</p>



<p>　こうして、四人での帰り道が続いた。<br>　圭吾がふざけ、陽菜がツッコミ、菜月がそれを見て小さく笑う。<br>　俺は――</p>



<p>（さっきの言葉、まだ引っかかってるな）</p>



<p>　部活のやつらの、「付き合ってるの？」という言葉。</p>



<p>　今まで、そんなこと考えたこともなかったのに。</p>



<p>「悠斗？」</p>



<p>　ふと菜月の声がして、俺はハッとして彼女を見る。</p>



<p>「え、ああ、なんだ？」</p>



<p>「さっきから、ぼーっとしてる」</p>



<p>「え？ いや、別に」</p>



<p>「そ？」</p>



<p>　菜月は特に気にした様子もなく、また歩き出す。</p>



<p>　その横顔を見ながら、俺はなんとなく落ち着かない気持ちになった。</p>



<p>　――いつも通りの帰り道のはずなのに。<br>　なんだか、少しだけ違う気がした。</p>



<p>　四人での帰り道は、思った以上に賑やかだった。</p>



<p>　圭吾が冗談を飛ばし、陽菜がツッコむ。<br>　菜月がクスクスと笑い、俺はなんとなくその様子を見ている。<br>　<br>　まるで、これがいつもの日常のように。<br>　だけど、俺の心の中では、先ほどの部員たちの言葉がまだ引っかかっていた。</p>



<p>　――「あの二人って、いつも一緒に帰ってない？」<br>　――「付き合ってんの？」</p>



<p>（……なんで、そんなこと言われただけで、意識しちまうんだよ）</p>



<p>　別に、菜月とは昔からの付き合いだし、ただの友達だろ。<br>　それなのに、なんか変な感じがする。</p>



<p>「悠斗、さっきから黙ってない？」</p>



<p>　突然、菜月が俺をじっと見上げてきた。</p>



<p>「え？ いや、そんなことないけど」</p>



<p>「そう？」</p>



<p>　菜月は特に気にする様子もなく、「ならいいけど」と軽く流した。<br>　でも、その横顔を見て、また少しだけ落ち着かなくなる。</p>



<p>（……なんか、意識しちまってる？ 俺）</p>



<p>　こんなこと、今までなかったのに。</p>



<p>　一方で、菜月は陽菜の様子をちらりと見ていた。<br>　<br>　いつも通り、圭吾にツッコんでいるけれど、なんとなく柔らかい雰囲気がある気がする。<br>　以前よりも、なんというか――自然に笑っているような。<br>　<br>（……まぁ、気のせいかな）</p>



<p>　深く考えようとしたけれど、圭吾が突然、陽菜の持っている荷物をひょいっと奪った。</p>



<p>「ちょっ！ 圭吾！？」</p>



<p>「はいはい、お前はもうちょっと楽しろっての」</p>



<p>「いや、別に重くないし……」</p>



<p>「でも、俺が持ちたいの。ほら、ありがたく思え？」</p>



<p>「はぁ！？ 何その理論！」</p>



<p>　いつものようなやり取り。</p>



<p>　菜月はなんとなく笑っていたけれど、悠斗の視線が少しだけ気になった。</p>



<p>（……悠斗、なんでそんな微妙な顔してるの？）</p>



<p>　一方で、悠斗は未だに自分の気持ちに整理がつかないままだった。<br>　<br>　なんでこんなに菜月のことを気にしてるのか、自分でもわからない。<br>　別にいつも通りなのに。<br>　<br>「悠斗？」</p>



<p>　菜月の声がして、またハッとする。</p>



<p>「え、ああ、なんだ？」</p>



<p>「さっきから、ぼーっとしてる」</p>



<p>「いや、そんなことないって」</p>



<p>「ほんと？」</p>



<p>　菜月は少しだけ首を傾げて、俺の顔をじっと見た。<br>　<br>　その仕草に、また心臓が妙に跳ねる。</p>



<p>（……俺、菜月のこと、意識しちまってる？）</p>



<p>　そんな考えが浮かんで、ますます訳がわからなくなった。</p>



<p>　やがて、駅に到着する。</p>



<p>「じゃ、ここで解散か」</p>



<p>　圭吾が言うと、陽菜が小さく頷いた。</p>



<p>「うん、みんなありがとね」</p>



<p>「おう、俺がいなきゃダメだろ？」</p>



<p>「はいはい、そうだね」</p>



<p>　陽菜のその返しに、圭吾は少しだけ笑った。</p>



<p>　その笑顔を見たとき、菜月はふと感じた。<br>　<br>（あれ、陽菜って……前より楽しそう？）</p>



<p>　でも、それ以上深く考えず、「じゃあね！」と軽く手を振った。</p>



<p>　駅で解散した後も、悠斗の頭の中はずっとモヤモヤしていた。</p>



<p>（……なんか変だ）</p>



<p>　菜月とはずっと一緒に帰ってたし、別に今まで意識したことなんてなかったのに。<br>　なのに、部活の連中の何気ない言葉が引っかかって、今日一日ずっと変な感じだった。</p>



<p>　気づけば、スマホを開いて無意味にスクロールしている。<br>　こんなときは、誰かと話して気を紛らわせたい――。</p>



<p>　そう思い、軽くメッセージを送ろうとしたそのときだった。</p>



<p>「悠斗？」</p>



<p>　不意に声をかけられて、顔を上げると、そこには菜月が立っていた。</p>



<p>「え、お前まだ帰ってなかったの？」</p>



<p>「いや、ちょっと買い物してたんだけど……悠斗こそ、なにしてんの？」</p>



<p>「別に、なんでもねぇよ」</p>



<p>「ふーん？」</p>



<p>　菜月は少しだけ笑って、悠斗の隣に腰掛ける。<br>　<br>「今日、なんか変だったよね」</p>



<p>「え？」</p>



<p>「悠斗、さっきからずっとぼーっとしてるし。ていうか、部活帰りに一緒に帰るのを避けたの、初めてじゃない？」</p>



<p>「……いや、そんなことないけど」</p>



<p>「ほんと？」</p>



<p>　菜月はじっと悠斗を見つめる。</p>



<p>　それがなんとなく落ち着かなくて、悠斗はわざとそっぽを向いた。</p>



<p>「……お前だって、気にしてたんじゃねーの？」</p>



<p>「え？」</p>



<p>「部活の連中が、俺たちのこと付き合ってるみたいに言ってただろ」</p>



<p>「あぁ……あれね」</p>



<p>　菜月はふっと小さく笑う。</p>



<p>「別に、気にしてないよ？」</p>



<p>「マジで？」</p>



<p>「うん。だって、付き合ってるわけじゃないし」</p>



<p>「……まぁ、それは、そうだけどさ」</p>



<p>　悠斗はなんとなく返事に詰まる。</p>



<p>（菜月は、気にしてないのか）</p>



<p>　なら、俺が変に意識する必要なんてない。<br>　そう思うのに――なんで、こんなに胸がざわつくんだろう。</p>



<p>　一方で、菜月も自分の気持ちを整理できずにいた。</p>



<p>　確かに、悠斗とはずっと友達だった。<br>　それが変わるなんて、考えたこともなかった。</p>



<p>　でも、今日の悠斗は明らかにいつもと違っていた。</p>



<p>（……なんで、避けたの？）</p>



<p>　それが、ずっと引っかかっていた。</p>



<p>「……悠斗」</p>



<p>「ん？」</p>



<p>「もし……もしだよ？」</p>



<p>　菜月は少し言葉を選ぶようにして、続ける。</p>



<p>「もしさ……例えば、私が悠斗のこと、ちょっと意識してるとしたら？」</p>



<p>「……え？」</p>



<p>　一瞬、時が止まったような気がした。</p>



<p>「ううん、そんなに深い意味はないんだけどね？」</p>



<p>　そう言いながら、菜月はふっと笑う。<br>　でも、その表情には、ほんの少しの恥じらいがにじんでいた。<br>　無理に軽く言おうとしているのが分かる。</p>



<p>（……なんだよ、それ）</p>



<p>　悠斗はドキッとした。</p>



<p>　冗談のように言いながらも、菜月の指先が制服の裾をぎゅっと握っている。<br>　まるで、自分の言葉を誤魔化すみたいに。</p>



<p>「えっ、それ……どういう意味？」</p>



<p>「さあ？ どういう意味だろうね？」</p>



<p>　菜月は、少しだけ顔を伏せる。</p>



<p>　けれど、耳までほんのり赤くなっているのを、悠斗は見逃さなかった。</p>



<p>「じゃ、また明日ね！」</p>



<p>　菜月はそれ以上何も言わず、軽く手を振って歩き出す。</p>



<p>　悠斗は、しばらくその後ろ姿を見つめていた。</p>



<p>（……やべぇ、ほんとにわかんねぇ）</p>



<p>　でも、一つだけ確かなのは――</p>



<p>　――菜月の言葉が、頭から離れない。</p>



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