『窓越しの君』

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放課後、何となく窓の外を眺めるのが習慣になっていた。

理由なんてない。

授業の終わり、机に置いた手を少し伸ばして、ぼんやりと外を見る。

グラウンドでは部活の掛け声が響き、昇降口の前には帰る準備をする生徒たちがいる。

その中に、彼女の姿を見つけた。

特に気にしていたわけじゃない。

ただ、目についた。

いつの間にか、視線が追っていた。

成績もいいし、運動もできる。
何より、可愛い。

彼女はいつも誰かと一緒にいて、笑っている。

ただ、それだけのこと。

なのに、いつの間にか目で追ってしまう。

探してしまう自分に、少しだけ戸惑う。

ある日、いつものように窓の外を見ていた。

昇降口の前、彼女が友達と並んで歩いている。

そして、不意に足を止めた。

誰かを探すように、視線を上げる。

──え?

次の瞬間、彼女は小さく手を振った。

窓越しに、まっすぐこちらへ向けて。

風が吹いて、彼女の髪が揺れる。

友達が驚いたように隣を見ている。

「え、誰に?」

聞こえなくても、口の動きでわかった。

彼女は軽く笑って、そのまま歩き出した。

何もなかったように。

でも、こっちはそうはいかなかった。

胸の奥が、ざわついた。

──今のは、偶然か?

いや、違う。

彼女の手は、確かにこっちに向けられていた。

思い違いじゃない。

そう思うほどに、心臓の音が大きくなる。

放課後、なんとなく窓の外を眺める。

それは、ただの習慣だったはずなのに。

たった一度、手を振られただけで、意味を持ち始めた。

あの日以来、放課後の窓際は、ただの習慣ではなくなった。

授業が終わり、机に置いた手を少し伸ばして、外を見る。

グラウンドでは部活の掛け声が響き、昇降口の前には帰る準備をする生徒たちがいる。

彼女の姿を探す。

自分でも驚くほど、すぐに見つけられた。

たぶん、前からそうだったんだろう。

無意識のうちに、視線で追っていた。

その日も、彼女は友達と歩いていた。

笑いながら話している。

眩しいくらいに、楽しそうだった。

──だけど、一瞬だけ。

ほんの一瞬、彼女の視線が上がる。

そして、また。

小さく、手を振った。

昨日と同じように。

「……っ」

鼓動が早くなるのを感じた。

きっと、思い違いじゃない。

彼女は、窓の向こうにいる自分を見つけている。

だけど、どうして?

なぜ、手を振るんだろう。

友達は、やっぱり不思議そうに彼女を見ている。

「誰に?」

彼女は、それに答えず、小さく笑って歩き出した。

意識するようになってから、些細なことが気になるようになった。

彼女と同じクラスの友達が、楽しそうに話しているのを見た。

彼女の名前が出ると、つい耳が傾く。

些細な情報に、いちいち反応する自分がいる。

それだけじゃない。

廊下でたまたますれ違うとき、どうしたらいいのかわからなくなる。

目が合っても、すぐに逸らしてしまう。

向こうは何も気にしていないのかもしれない。

でも、もし。

もし、彼女も意識していたら。

──そんなことを考えてしまう。

そういう目で見ると、彼女はやっぱり特別だった。

クラスの誰とでも仲が良くて、話しているときは楽しそうで。

それでいて、ふとしたとき、どこか遠くを見ていることがある。

何を考えているんだろう。

何を見ているんだろう。

ある日、窓際に座ると、雨の匂いがした。

天気は曇り。

もうすぐ降り出しそうな、湿った空気。

昇降口の前には、傘を持っている生徒がちらほら。

彼女も、その中にいた。

手には折りたたみ傘。

友達と話しながら、それを広げる。

そして、また。

一瞬だけ、こちらを見上げた。

窓越しに、静かに見つめ合う。

手は振らなかった。

でも、それだけで十分だった。

雨が降り出す。

音もなく、静かに。

彼女はゆっくりと傘を開いた。

友達と並んで歩き出す。

自分は、その背中をただ見つめていた。

「誰かを、好きになるって、どんな感じなんだろう」

そう思ったのは、たぶんこのときが初めてだった。

この気持ちは、何かの名前をつけられるものなのか。

それとも、ただの偶然が積み重なっただけなのか。

──もし、窓越しの手が、最初からなかったら。

自分は、彼女を意識することはなかったのかもしれない。

だけど。

たった一度、振られた手が。

視線が。

心のどこかに、静かに残ってしまった。

それから何度か、窓越しに視線が合うことはあった。

彼女は何も言わず、ただ、少しだけ笑ったり、視線をそらしたりした。

自分も、何もできなかった。

言葉にしないまま、過ぎていく時間。

季節が変わる頃、ふと気づくと、あの時間はもうなかった。

彼女を目で追うことも、窓越しに視線を交わすことも、もうなくなっていた。

何もなかったように。

まるで最初から、そんな時間が存在しなかったみたいに。

だけど。

今でも、ふとした瞬間に思い出す。

放課後、窓の向こうにいた彼女の姿を。

何も言わずに、ただ小さく手を振った、その瞬間を。

きっと、忘れられないままなんだと思う。


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